2024年度 臨床仏教研究所公開研究会&認定式を開催いたしました。
臨床仏教研究所では、去る12月10日に「2024年度公開研究会」を開催しました。今回の研究会は「保護矯正活動の現実と課題」をテーマに、二人の基調発題者をゲストに迎え、司法の現場からの報告と保護司・教誨師としての臨床活動から見えてくる現状と課題についてお話しいただきました。
また当日は研究会と併せて「第6期・第7期臨床仏教師認定式」を執り行い、計8名の臨床仏教師および同レジデントが新たに誕生しました。
今回の研究会のテーマは、今年5月に滋賀県大津市で保護司の男性が、更生支援を担当していた35歳の男性に殺傷された事件を受けて取り上げたものです。
保護司は全国におよそ5万人おり、地域の保護司会地区長などの推薦により、保護観察所を通じて法務大臣により委嘱される準国家公務員です。保護司の中には、地域に根を張り信頼を集める寺院の僧侶が少なくありません。一方で、教誨師は全国で1700名ほどが更生支援活動を担っており、その半数以上が僧侶です。保護、矯正共に僧侶の存在は不可欠とも言える現状の中で、今回、大津市で起こった殺傷事件がその活動に対して与える負の影響を看過することはできません。
事件直後から制度の見直しを議論してきた法務省の検討会は、10月に報告書をまとめ、牧原法務大臣宛に提出しています。報告書の中では、安全確保のために対象者を複数の保護司で支援することや、人材確保のために公募制を導入することなどを盛り込んでいます。
◆
研究会の発題は、現在法テラス常務理事を務める名執雅子さんに、特に10代の少年少女が非行に走る背景や社会復帰に際する支援のあり方についてお話しいただきました。名執さんは、40年以上にわたって法務省で矯正や人権の問題に取り組んでこられ、仙台の女子少年院の所長をはじめ、法務省の人権擁護局長、矯正局長などを歴任されました。
名執さんは発題の冒頭で、まず、社会から犯罪をなくすには、「経済、福祉、教育、医療」といった社会問題、「困窮、格差、孤立」をもたらす社会構造、そして人間が抱える「怒り、憎しみ、寂しさ」といった心や感情の問題にもフォーカスしなければならないと訴えました。
その上で青少年非行の現状に触れ、男子においては、窃盗、傷害、暴行の件数が多く、年齢層が上がるにつれて詐欺が増加していることを指摘しました。女子においては、窃盗、詐欺、年長者の覚せい剤、年少者のぐ犯の高さが目立つとのことです。ぐ犯とは、「将来、罪を犯したり刑罰法令に触れる行為をするおそれのある」ことを意味します。
次に、少年院在院者の教育程度について、男子のおよそ60%、女子のおよそ55%が、中学卒業もしくは高校中退であることを示しました。そして、男子のおよそ40%、女子のおよそ70%が、身体的・性的・心理的な被虐待経験やネグレクトがあることが明かされました。
小児期における逆境体験についても、「親が亡くなったり離婚したりした」「家族から殴る蹴るといった体の暴力を受けた」「家族から心が傷つくような言葉を言われるといった精神的な暴力を受けた」などの経験をもつ在院者が多いことが示されました。
子どもたちが犯罪やぐ犯行為に走る大きな原因の一つは、家庭環境にあることがデータ上でも明らかになってきています。つまり、行為の原因を子どもたち個人のみに帰すのではなく、まずは家族の有り様に求めていくこと、そして、地域社会をはじめとする大人社会にも助長する素因があることを私たちは認識するべきでしょう。
近年、子育ては、親の責任から社会全体の責任へと転換されてきています。子どもたちを非行や犯罪に走らせることのない、安心安全な社会づくりを大人全員の責務として共有する必要がありそうです。
二人目の発題者は、30年以上にわたって地域社会における保護司としての活動と少年院での教誨師を務めてこられた小宮一雄さんです。小宮さんは、東京都江東区の保護司会の会長でもあり、真言宗智山派寺院の住職も務めておられます。
小宮さんは冒頭で、大津で起こった事件について触れ、「これからの裁判などを通じて明らかになるであろう事実を冷静に見つめ、今後二度と同様の事件が起こらないようにしていきたい」と、保護司のとしての受け止め方と今後の対応について述べました。
現状での活動については、保護司としては「大所高所ではなく一対一で支援する覚悟をもってあたらなくてはいけない。保護司法が制定された当初の理念、熱い思いを忘れてはいけない」と、大津の事件を経てもなおその揺るぎない精神と保護司としての有り様を強調しました。
僧侶が保護司を志す姿勢については、「まずは町会の集まりなどにも参加し、地域社会の方に信頼感を持ってもらうことが重要。あの人なら保護司としての役割をしっかりと担ってもらえるのではないか、と思われるような存在であってほしい」とを飛ばしました。その上で、「人間がやっていることなのだから失敗は必ずある。しかし、その失敗を経て人は育まれてもいく。自らの信をしっかりともって対象者に接していけば、やがては心の奥深くに切り込むことができます」と、今後保護司を目指す僧侶や宗教者に励ましの言葉を向けました。
そして、対象者への接し方として、口を閉ざして語らない少年との面接に関する事例を披露しました。寡黙な少年を散歩に連れ出し、無理に語らせようとはせずに、互いに無言のまま30分ほど一緒に歩いたそうです。すると、ずっと寡黙であったその少年が、部屋に戻った後にぽつりぽつりと話し始めたのです。
何も語らないその時間の中で、少年との間に少しずつ心が通っていったのでしょう。それは言葉だけではない、五感六感を通じた皮膚感覚での会話の時間であったのかもしれません。安心安全の時間と空間を共にする中で、少年の心が開かれていった瞬間と言えるのでしょう。
小宮さんは、そのような関係性を「私の中に対象者がいて、対象者の中に私がいる状態」と説明します。それは、密教で言うところの「入我我入」という、仏と自分の関係性の有り様にも通ずるものなのでしょう。また、「利他即自利、自利即利他」という縁起観にもとづく慈悲の発露のあり方でもありましょう。僧侶や仏教者が、保護司や教誨師であるための矜持、「信」の世界を垣間見たようでした。
お二人からの発題を通じて、犯罪やぐ犯行為に走らざるを得ない少年少女の心の内や周囲の環境、そして、それらを踏まえた慈悲心にもとづく支援のあり方について、臨床仏教師を含む研究会参加者は学びを得られたことと思います。
◆
お二人の発題の後は指定討論を挟み、臨床仏教師からの活動事例報告が行われました。第一期養成講座にて認定された楠恭信さんからは、「コロナ禍の別れ」と題して、コロナ禍での臨床仏教師としての活動、特に師匠であるご尊父との「さよならのない別れ」について報告がなされました。一年半にわたる看取りの経緯について振り返りながら、臨床仏教師でありながらの後悔などの念が吐露され、参加者はそれぞれに心を揺さぶられていたようです。
活動事例報告に続いては、コロナ禍にあって基礎課程から実習課程にわたって都合3年から5年にも及んだ、第6期と第7期の新たな臨床仏教師に、池田魯參名誉所長より認定書が手渡されました。新規認定者からは、「覚悟と自覚をもって苦しみを抱えている方を支えていきたい」「苦しんでいる方々は、仏が姿を変えてそこにいらっしゃるのだと受け止めて寄り添っていきたい」といった今後の活動に向けての決意が聞かれました。
2025年4月からは、第9期養成講座が始まります。一人でも多くの仏教者に受講してもらい、寺院の内外において、生老病死の苦しみの最中にある方々に寄り添い、支えてもらうことが出来るよう努めていきたく思います。合掌