- TOP
- 学ぼう
- 知る、感じる、考える
- さまよう若者
- 障がい者就労
- 「チャレンジしたい!」を形にしよう―障害者就労支援の現在―
障がい者就労
「チャレンジしたい!」を形にしよう―障害者就労支援の現在―
ぴっぱら2009年4月号掲載
◆クッキー作りの現場から
賑わう駅前を抜け、路地に入った閑静な一角にそのお店はありました。店内に入ると、ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐります。東京・恵比寿にある「おかし屋ぱれっと」は、1985年に開所した福祉作業所です。現在、「通所員」と呼ばれる、9名の知的障害者がここで働いています。「おかし屋」の名の通り、ここでは主にクッキーやケーキを製造し、包装や箱詰め、その他一連の作業を通所員が職員とともに行っています。
ほんのり香る茶葉の風味とコクのある味わいで、年間を通じて全青協会員の皆様に好評をいただいている「甘茶クッキー」は、ここ、おかし屋ぱれっとに製造していただいているものです。この日は、通所員6名と職員が出迎えてくれました。
通所員の年齢は20〜40代とさまざまです。開所当時から23年間働いているという女性Kさんは「楽しいから続いています」と、入所したいきさつを交えながら語ってくれました。特別支援学校(旧養護学校)を昨年卒業し入所したばかりの男性Kさんも、にこにこと笑顔を振りまきながら話しかけてくれます。
たくさんの調理器具が並ぶ、店舗すぐ横の作業所はガラス張りで明るい雰囲気。壁の張り紙には「スマイル接客・3つのあいさつ」というカラフルな文字が躍ります。
通所員の勤務日は原則平日の週5日間で、休暇や賞与もあり、一般的な企業の正規職員の勤務形態とほとんど変わりません。「食品を扱う現場なので、とにかく衛生管理には気をつけています。あとは何より社会人としての自覚を持ってもらうこと、現場で彼らがどれだけ向上心を伸ばせるかをいつも考え、声をかけるようにしています」と所長の相馬宏昭さんは語ります。
ここでは、年間約2千万円の売上を計上しています。福祉作業所はその性格上、自治体からの補助金を頼りとしているところも少なくありません。
しかし、ここは障害者が働く場であると同時に、自立生活を目指す場でもあるとの考えから、売上をいかに伸ばし、多くの収入につなげられるかを常に意識しています。そのため味へのこだわりはもちろん、企業への出張販売など、販路を拡大させる努力も絶えず行っています。
「仕事として食べ物を扱う以上、常に美味しいものを作る努力、そして、手にとっていただく努力をしていかなければなりません」と相馬さんは語ります。仕事を通じて通所員の社会性を育てていく一方、経営も充実させるという難しい両立を目指し、おかし屋ぱれっとは挑戦を続けているのです。
◆労働報酬を得ることの難しさ
現在、特別支援学校を卒業する子どもたちの就職率はわずか2割程度だと言われています。また、厚生労働省の資料によると、ハローワークにおける障害者の就職状況は、平成19年度では求職者数に対する就職件数が、わずか4割にとどまっています。つまり、就職を希望する人のうちの半数以上は就職できないでいるのです。一般的な就職市場に比べて障害者の就職がいかに厳しいかということをあらためて思い知らされます。
それに対して、就職を希望する障害者の数は年々増え続けています。就職できなかった人は福祉作業所や授産施設に通うことが考えられますが、その工賃の月額は、ばらつきはあるものの全国平均では約1万2千円という少なさです。なかでも全国で最少額の大阪府では、平均8千円というのが現状です。
「長時間一生懸命働いて、この金額が日給ではなく月給だというのは考えられますか?」と語るのは、同じく恵比寿にある「Restaurant&BarPalette」で店長を務める南山達郎さんです。
「確かに、健常者と比べてまったく同じような効率で仕事ができるのかといえば現実にはそうではありません。しかし、だからといって働く場所があるだけいいだろうという発想は理不尽ではないでしょうか。給与の額は、労働の対価としては最もわかりやすく、励みともなるものです」と南山さんは続けます。
「Restaurant&BarPalette」は、障害者が働くための特別なレストランではなく、「障害者も働いている」ごく普通のレストランづくりをコンセプトに、1991年に開店したスリランカカレーのお店です。こちらのレストランは株式会社形態をとり、おかし屋ぱれっとは、「特定非営利活動法人ぱれっと」を母体としています。ぱれっとは、就労・暮らし・余暇などの生活場面において、すべての人があたり前に暮らせる社会の実現に寄与することを目指し、多方面での活動を行っています。
◆「あたり前」に働ける場を
レストランの大きな特徴は、授産施設としてでなく株式会社として運営されているということです。つまり、まったく行政からの補助金をもらわずに独自で経営を行っているのです。
現在、ここでは店長の南山さんとスリランカ人・日本人のコック、そして知的障害をもつ2人のスタッフが働いています。南山さんがこだわることは、お客さんに美味しいものを提供して喜んでいただくという、飲食店としての「あたり前」を、障害のある人とともに実現させようということです。「障害者が働く店です」というコンセプトを前面に押し出しすぎてしまうと、逆に「特別なところ」というイメージが強くなり、障害者と健常者の目に見えない「区別」がいつまでたってもなくならないだろうと南山さんは言います。
レストランのある界隈は、あらゆるジャンルの飲食店が立ち並ぶ、飲食店の激戦区とも言える場所です。レストランは今年で開店から18年目を迎えますが、入れ替わりの激しいこの地域で経営を続けるのは、厳しい経営努力なしには到底できることではありません。福祉畑を歩んできた南山さんが「試行錯誤の連続です」と語る言葉には重みがあります。
開店当時から働いているスタッフのうちの一人は、特別支援学校を卒業してすぐこちらに入店しました。彼は8年前からは主任に昇格し、現在では店長のいない時間に出勤して開店準備もこなし、掃除、接客、会計など、ありとあらゆる業務に責任を持って取り組んでいます。聞いてみると、彼の給与は平均的な授産施設の工賃をはるかに上回っていました。
懸命に働いて、それが賃金に反映されたときの喜びは、障害のある・なしにはまったく関係ありません。よく考えるとあたり前のようなことですが、障害者就労の現場では、低賃金は「仕方がないこと」として常識となっているようです。知らないというのは本当に恐ろしいことで、自分がいかにこの問題に関心が薄かったかということを改めて感じさせられました。
また、ここでは「接客マニュアル」のようなものは一切作らないそうです。「たとえば、『ありがとうございます』という言葉が出なかったからダメ、ということではなく、それに代わることをお客様にどう表現できるかということをともに考えるのです。もちろん、すごく時間はかかりますが」という、南山さんの言葉が印象的でした。
◆雇用促進へのさまざまな取り組み
現在、「障害者雇用促進法」という法律により、企業の規模に応じて雇用率を設定し、率に応じた人数の身体障害者や知的障害者を雇用することが義務づけられています。たとえば、常用雇用者が301人以上の会社では、その1・8%の人数の障害者を雇用しなければなりません。
もしこれが達成できなかった場合、事業主は不足1人あたり月5万円のペナルティを払わなければならないのです。逆に、雇用率以上の人数の障害者を雇用した場合は、奨励金として1人当たり月3万円近くが支給されることになります。
現在、これを達成している企業は国内全体の約4割程度にすぎません。つまり、多くの企業は障害者を雇用するよりもペナルティを支払うことを選んでいるのです。
そうした状況への対応として、全国におよそ200カ所ある「障害者就業・生活支援センター」では、就職を希望する障害者のサポートをする一方、受け入れ先の企業に向けた研修会や準備訓練会などを行い、情報提供をすすめています。また、近年では「ジョブコーチ」と呼ばれる存在が障害者の就職に大きな役割を担い、注目されています。
ジョブコーチとは、障害者と事業主双方に対して、雇用開始からのある一定期間、障害特性を踏まえた直接的・専門的な援助を行う人のことです。障害者が採用後、働き続けるためにどのようなサポートが必要かを考え、障害者と企業主に伝えていく、いわば「橋渡し役」であると言えます。
厚生労働省の資料によると、平成18年から19年の約1年間でのジョブコーチによる支援終了後の職場定着率は83・9%にのぼり、一定の効果が得られていることが証明されました。また、「障害者と社員相互のコミュニケーションがよくなった」「職場環境の整備や作業マニュアルの作成の支援を受け、作業がスムーズになった」など、事業主からの評判も上々のようです。
ジョブコーチの仕事の期間や報酬など具体的な待遇は、自治体や所属法人等によってまちまちなのが現状ですが、今後はさらなる配置の拡大が期待されています。
◆受け入れ合い、助け合うこと
冒頭でご紹介したおかし屋ぱれっとは、福祉作業所として機能すると同時に、企業への就労を希望する通所者に対しては積極的に就労支援を行っています。「ここで一生働きたい」という通所者がいる一方で、企業への就労を希望するものの、自分のもつ障害を心配し、どうしてもそこに向けての一歩が踏み出せない、という人もいるのです。もしも本人と家族、双方の意思が固まった場合、職員は通所者とともにハローワークや合同面接会へも付き添って行きます。これまでに3人が「卒業」し、企業への就職を果しています。
企業への就職を支援している作業所には、こんなところもあります。東京都にある「世田谷区立知的障害者就労支援センターすきっぷ」は、通所期限を原則2年間に区切り、印刷やクリーニングの作業訓練や社会生活技能訓練を行っています。この施設は就労支援に特化しているという点に特長があり、その就職率は93%という高さです。
また、地域との協働を柱に支援を行っているところもあります。愛媛県にある「NPO法人ハートinハートなんぐん市場」は、観葉植物のレンタルサービスと、町営だった温泉施設を引き継ぎ運営しています。過疎高齢化が進む町において、町全体の雇用状況が厳しい中、障害者支援そのものを活動内容とせず、障害のある町民と地域の住民が協働し、ともに街づくりや産業作りに取り組んでいるところに特長があります。
全国にはこうした大小の施設が個性豊かに存在しています。「チャレンジしたい」と願う誰もがスタートラインに立てることが、健全な社会のあかしと言えるのではないでしょうか。就労に関する選択肢が広がるのは本当に喜ばしいことです。
目に見えるか見えないかは別として、すべての人間はみな不完全な存在です。障害があるから「保護」するべきだと特別視しようとする思いは、優しさのようでもありますが、諸刃の剣なのかもしれません。お互いを受け入れ合い、できることは助け合う......他人の幸せのために自然に手を差し伸べられる社会を、少しずつでも目指していきたいものです。(吉)