対人関係・コミュニケーション

ゆるやかな助け合いの中で―コレクティブハウスという暮らしの形―

ぴっぱら2009年9-10月号掲載

「コレクティブハウス」をご存知ですか?昨今、新しい形態の集合住宅として注目を集めています。北欧スウェーデンが発祥とされるこの住宅は、独立した住居と、居住者同士で使う共用スペースを持ち、生活の一部を共同化することによる合理的で豊かな住まいを目指しています。

日本では、阪神淡路大震災後の災害復興公営住宅としてもこの形態が採用され、試験的ではありますが次世代の新たな暮らし方として可能性が広がりつつあります。

少子高齢化が進む現在、日本において単身世帯の割合は増え続けています。中でも単身世帯数が全国1位の東京都では、全世帯の40%以上を単身世帯が占めています。地方においても、65歳以上の単身世帯が全国で最も多い鹿児島県では、全世帯に対する高齢単身世帯の割合は13%以上にものぼります(総務省統計局『社会・人口統計体系』2008より)

都市部と地方では事情はおのずと異なりますが、単身や少人数の世帯が全国的に増えているのは明らかなようです。介護の問題、防犯の問題、そしてこころの問題......。「孤独」との向き合い方は人それぞれであるものの、自殺者が年間3万人を超える日本において、家族の形態が急速に変わっていくことの変化に対応しきれず、深刻な影響を受けている人は少なからず存在するのではないでしょうか。また、そこに対応するはずの国や行政のセーフティネットも機能不全の状態と言わざるを得ません。

人と人との繋がりが希薄になり、家族のあり方まで問われている現在、北欧発の新しい暮らしの形が注目を集めています。

◆新しい暮らしの一形態

6年前、居住者が自主的に運営、管理を行う本格的な多世代型コレクティブハウスが東京で初めて誕生しました。これを企画・コーディネートしたのが「NPO法人コレクティブハウジング社」です。同NPOは、既成の家族概念、福祉概念、住宅概念にとらわれず、より自由で楽しく、安心安全に暮らせる住宅作り、街づくりを研究するグループを前身として設立されました。

グループとして活動していた15年以上前から、刻々と変化する「家族」のあり方の中で、働く女性が過ごしやすい住まいの受け皿が本当に少ないことを実感したといいます。

そこで、こうした取り組みの先進国でもあるスウェーデンを視察。家族単位にこだわらず、自立した暮らしを営む者同士が互いに関りあい、助けあえる新たな暮らしの形態として「コレクティブハウス」を研究、具現化に向けて動き出したのだそうです。最初にできた「コレクティブハウスかんかん森」(荒川区)をはじめ、「スガモフラット」(豊島区)、またコレクティブハウスとは少し形態が異なりますが、築150年の古民家をシェアして暮らす「松陰コモンズ」(世田谷区)、そして今年4月に入居を開始したばかりの「コレクティブハウス聖蹟」(多摩市)をコーディネートしてきました。

コレクティブハウスは、個人の独立した住戸のほかに、広い共用スペース(コモンスペース)を持っているところに特徴があります。そして「コモンダイニング」と呼ばれる、大人数での食事や集まりに対応するリビング・キッチンが備えられています。

たとえば「かんかん森」では、隣の公園に面したオープンテラスをあわせると、その広さは約160㎡。開放的な吹き抜けのある、約40人が座れるダイニングと、ソファのあるゆったりとしたスペース、そして、業務用のコンビオーブンや食器洗い機を備えた本格的なキッチンを備えたコモンダイニングがあります。居住者はそこを生活空間の一部として使い、くつろいだり談笑したり、時には知人を招いたり......個人の居室だけでは実現が難しい自由な空間の使い方を楽しんでいるのです。

◆コモンミールとは

さらに、象徴的な取り組みとして「コモンミール」が挙げられます。これは、週2〜3回からそれ以上と、頻度はハウスによって異なりますが、居住者がコモンダイニングを利用して共同で食事をとることができるしくみです。

世帯に関係なく大人2〜3人が1組となり、おおよそ月に1回程度、調理を担当します。料理の苦手な人はどうするのだろうと心配にもなりますが、料理にはさまざまな工程があり、当番の「チーム」内で分担して参加するので大丈夫とのこと。普段料理に縁のないお父さんたちも、わいわい作るうちにかなり立派な献立になっていくそうです。

食べたい居住者はあらかじめ予約をしておけばOK。手づくりのお食事がいただけます。自分の部屋に戻って食べてもいいし、仕事で帰りが遅い人にはちゃんとお取り置きもしてもらえるということで、互いが作ったルールの中でゆるやかな関係性が生きているようです。

NPOは、各ハウスの居住者組合と共催で、定期的に見学会を開催しています。「かんかん森」の見学会とコモンミールに参加したこの日は、具だくさんのつみれ汁をメインにした献立でした。出来上がりの時間にはぱらぱらと人が集まりはじめ、食卓になんとなく輪ができてきます。「ワインがあるよ、飲む?」と声があがればあちらこちらから手が挙がります。離れて座った一団には「こっちへ来たら?」「いいや、大丈夫」とのやりとりも。テーブルの反対側では、小さな坊やの元気な声に笑いが起こっています。この日は幼児から年配の方まで15人ほどが参加し、見学者も楽しい時間を過ごすことができました。

共用スペースとしては、ほかにも菜園テラスや大工テラス、ランドリールームなど、それぞれが自由に使える設備が充実しています。いずれも居住者が「こんなことができるといいな」という希望を元に、話し合いの末実現した設備なのです。

以上のような、暮らしに関わるすべての事は総会や定例会、ワークショップなどを通じて居住者自身が責任を持って決定、解決していきます。「みんなの住まいだから、みんなで暮らしを良くしよう」という思い、また、「自分たちの暮らしを成り立たせるのは、あくまで自分たちの意思」という自立心がなくてはこのしくみは決して成り立たないことでしょう。ハウスによって異なりますが、おおよそ住戸家賃の13%〜20%くらいがコモンスペースの家賃として充当されているそうです。

自主運営・自主管理が原則のコレクティブハウスは、話し合いや日常的な保守作業など、普通の賃貸住宅に比べて、「とにかく、することがたくさんある」そうです。でも、「そのプロセスも生活の一部!」と居住者は言います。コミュニケーションする、というよりもしなければ暮らせないというここの暮らしは、孤独感とは程遠いもののように感じました。

◆新たな「協働」の可能性

8月2日「松陰コモンズ」にて、「コレクティブハウス聖蹟はいかにしてできたか」と題する、事業主と居住者とNPOの三者を交えたセミナーが開催されました。

この春オープンした「聖蹟」は、同NPOがコーディネートした、初めて更地からつくりあげた一棟建てのコレクティブハウスです。入居希望者は、完成にいたるまで数十回にもにわたるワークショップに参加し、「理想の暮らし」の完成を目指しディスカッションを重ねたそうです。実現には、事業主(土地所有者)の理解と信頼が得られたことが大きいといいます。

土地や建物を財産と考える資産意識の強い日本では、たとえ賃貸マンションの建築や建て替えを検討している事業主であっても、建物そのものに居住者の希望を反映させていくコレクティブハウスのあり方を理解し、協力して下さる方を見つけることが難しいのが現状のようです。そんな中、「聖蹟」の事業主となられたKさんは次のように語ります。

「果たして採算が合うのだろうか?という不安もありました。しかし、説明を聞くうちに、都会の中で、ましてや家庭の中でさえ孤立してしまうことのあるこのご時世に、お互いの顔が見える暮らしは魅力的ではないかと思うようになりました」

Kさんは、その後入居希望者を交えたワークショップにも積極的に顔を出し、現在も居住者と交流が続いているそうです。もともと、地元の街づくりや自然の保全活動を行うNPOで活動を続けてきたというKさんは、「小さなコミュニティを大切にして地域の人たちが協働すれば、街はもっと住みよくなる。コレクティブハウスのあり方は、地域のつながりをつくる上でも多くの可能性を秘めているのではないか」と語りました。

普通の賃貸物件であれば、建てられてから時間が経てば価値は下がる一方ですが、住人が話し合いつつ進化していくコレクティブハウスなら、逆に価値が上がることまでも考えられるのです。

◆世代を超え助け合う

「聖蹟」に入居したばかりの60代の女性は、「一人になり、これからどうやって住んでいこうかと考えていました。友人と住もうかとも思ったものの、高齢者ばかりで住んでいても不安だし......」そんな時にコレクティブハウスを知り、すぐに入居準備のワークショップに参加したといいます。

「若い人ともやっていけるかしらと心配があったものの、ワークショップを重ねるうちにその心配はなくなりました。世代の違う人と話すと、知らなかった世界が広がってとても楽しいし、刺激になります。何より、ここにいるからこそ子どもや若い人とも触れ合い、その場だけではないお付き合いができます。毎日いろいろあるけど楽しいです」と語ります。

また、この日小さな男の子を連れてご夫婦で参加した居住者の男性は、子どもにとってどんな環境で過ごすのがよいのだろうか......という思いからここでの暮らしを考え始めたそうです。「子どもにとって、親や親族以外の人間と関わることは、人間関係を肌で知るとてもよい機会だと思いました。ここではみんなが話し合いながら仕事を分担します。自分が所属する町や地域など、社会の中で一定の役割をきちんと担うことがあたり前だという意識を身に付け、大人になってほしいと思ったのです」と語りました。生活の「質」を大切に考えるコレクティブハウス。年配者が、また若い人が世代を超えて助け合い、補い合いながら日々の生活を回していく暮らしは、まるで理想的な社会の縮図のようでもあります。

◆「とにかく、とことん話し合う」

人と人とのつながりがあり、多世代でお互いに助け合える暮らし。いいこと尽くしのようなコレクティブハウスですが、入居者が高齢になって自由が利きづらくなった場合に作業の分担はどうするのか、介護の問題はどうするかなど、課題がまったくないわけではありません。

しかし、入居者が口をそろえて言うのは、「大切なのは、とにかく、とことん話し合う」ということ。「これなら居住者それぞれが、それぞれに納得できる」というところまで話し合い、必要があればハウス独自のルールをどんどん作っていくことが、何よりの解決方法だということです。「楽しいけれど、決して楽ばかりな暮らしではない。コミュニティは寝ていたらできない」というのは、ある居住者の言葉です。

ゆるやかな助け合いの中で、家族のみにこだわらず、「個」を重視し認め合うコレクティブハウスの暮らし。「誰にでも合う暮らしだとは思いません。しかし、選択肢の一つとしてこうした暮らしがあれば、人生はずいぶんと豊かなものになるのではないでしょうか。暮らし方はあくまで自分が選択するもの。みんなが当事者となり、人とともに暮らす努力をして『安心』を築いていければ」と、NPOの理事は語ります。

経済的不安や雇用の不安、老後の不安......さまざまな社会不安の中、現代を生きる私たちはそれでも日々暮らしを営まねばなりません。社会の中で安心感と安らぎをもって生きる方策を、この取り組みは示唆しているように思えます。(吉)