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虐待・DV
「生まれてきてよかった」と思えるように―社会的養護のもとを巣立つ子どもたち―
ぴっぱら2012年9-10月号掲載
すらりと伸びた背に日焼け肌、18歳のA君は、東京都内の児童養護施設から通信制高校に通う高校3年生です。A君は、大学入試に向けた勉強やアルバイトに励む忙しい毎日を送っていますが、A君自身が企画したある催しの準備のため、この夏はとりわけ忙しいようです。
A君が企画しているのは、「ことな」キャンプ。児童養護施設などに暮らす、子どもと大人の中間である高校生年齢の若者のための、若者によるキャンプです。「同じような境遇の人たちでじっくり語らい、悩みを分かち合いながら情報交換ができる場を作りたかった」と語るA君。協力者も得て、8月末の開催に向けて準備は着々と進んでいます。
児童養護施設など、家庭にかわって国や地方公共団体が子どもを養育する仕組みは「社会的養護」と呼ばれています。少子化にもかかわらず社会的養護をうける子どもは年々増加し、児童養護施設などはどこも定員いっぱいというのが現状です。
調査によると、入所の理由は両親による虐待・酷使、放任・怠惰、両親の精神疾患、行方不明などが主なもので、社会的養護を受けている子どものうち、虐待経験のある子どもは6割とも言われています。
A君もそんな一人で、父親からの暴力を受け、中学生の時に兄弟と一緒に施設に保護されました。施設に入ってからは衣食住の心配はなくなったものの、心にわだかまる抑えきれない思いに最近まで苦しんでいたといいます。現在では自分の経験を、同じような境遇の子どもたちのために生かしていきたいと考えています。
「小さい頃から甘えたくても甘えられなかったので、施設に入ったとたんに自分を見てほしい、職員さんを独占したいという気持ちに押しつぶされそうになっている子がいます。僕もその一人でした。でも、どの施設でも職員さんは子どもたちの世話に忙しく、一人ひとりの気持ちに寄り添うまでの余裕がありません」A君はそう語ります。
児童養護施設にいられるのは、原則として18歳まで。継続的な養護の必要があれば延長も認められますが、定員の余裕もなく、18歳での退所が通例です。高校卒業年齢になったとたんに、後ろ盾がまったくない状態で社会に放り出されるのが、社会的養護を受ける子どもたちの現実なのです。
支援団体などにも顔を出し、来る自立を目の前にして、今後の生活を形作るための準備を進めているA君ですが、自立について不安がないといったら嘘になると語ります。もっと心細い思いをしている人も多いに違いない、それならば、自分が動いて仲間同士手を携えよう。そうして企画したのが、冒頭に紹介したキャンプです。
「進学に対する考え方ひとつをとっても、施設によって大きく差があります。施設の考えや職員の思いによって子どものその後の人生が大きく左右されてしまうこともあり得るのです。社会的養護の現場では、大人と子どもで養護する側とされる側、という構図ができています。だから子どもには養護に関する施策等を知る機会がほとんどありません。一番の当事者は僕たちです。子ども同士で情報や課題をもっと共有して、社会や大人に対しても声を上げていけたら」A君は訴えます。
イギリスでは、社会的養護を受ける子どもたちが養護問題の検討会などに出席し、発言することのできるしくみがあるそうです。後輩たちのために何とかよい環境をつくりたい、A君からはそんな熱い気持ちが伝わってきました。
◆「居場所」を自分たちの手で
幼い頃からあらゆる困難に直面してきた社会的養護の経験者たち。当事者が主体となり、よりよい社会的養護のあり方や充実した生活を目指したいと活動を始めています。東京にあるNPO法人「日向ぼっこ」はそんな数少ない団体のひとつです。
2006年、児童養護施設を巣立った若者を中心に結成された同団体は、サロンを開き、施設や里親家庭を巣立った人たちの居場所を作ったり生活全般に関する相談をうけたり、意見交換のための勉強会などを行っています。
「社会的養護の下を巣立った人たちの利用は月に20人ほどです。一緒にご飯を食べるなど自由に過ごされています。お互いに関わりあっていく中で、助けてもらったり、逆に人のために何か役立つことができたりと、両方をかなえることが出来る場所となるように心がけています」
日向ぼっこの理事長、渡井さゆりさんは語ります。渡井さん自身も、子どもの頃は母子生活支援施設と児童養護施設で過ごしていました。高校卒業後は頼れるところもなく、孤独感と欠損感に苛まれて、死にたいという気持ちになることさえあったといいます。同じように苦しむ人を少なくできれば、そんな思いが、日向ぼっこ立ち上げのきっかけとなりました。サロンは週5日間開かれ、当事者が来たい時に立ち寄ることができます。また主婦や会社員、医師など、当事者をサポートしたいという一般の人も運営に協力しています。
ここでも、施設等を退所した人の厳しい現状が語られました。普段意識することのないような何気ないことも、社会的養護の出身者にはその一つひとつが厳しいハードルとなり得る、と渡井さんは言います。
たとえば、保証人の問題があります。就職の際やアパートなどを借りる際には保証人の記載が求められます。社会的養護から巣立った人は、在籍していた施設の施設長に保証人となってもらうことができますが、それはあくまで退所後の一年間のみ。その後は有償で身元保証を引き受ける保障会社などに依頼するしかないのです。身元保証の費用は、アパート契約であれば1か月分の家賃にも相当します。こうしたことに、さらに不遇感を感じてしまう当事者も多いといいます。
「退所した人がみんなハッピーであれば、日向ぼっこのような場は必要ないかもしれません。社会的養護の良し悪しは、『生まれてきてよかった』と思えるなど、充足感や自己肯定感をもって社会に羽ばたけること。しかし、そのためには精神面を中心としたサポートと、社会全体でさらなる施設生活経験者への理解が必要ではないでしょうか」と渡井さん。
当事者の声を社会に届け、社会的養護に関する施策の不十分さを改善するべく、渡井さんは昨年から厚生労働省の社会的養護に関する専門委員会の委員となりました。自治体や教育機関、支援団体などに赴き、自身の被虐待経験や施設入所経験を語り、提言を行っています。努力の甲斐あってか、東京都では、この春から児童養護施設に一人ずつ「自立支援コーディネーター」が配置されることが決まりました。これまでは退所者の名簿すらない施設も多かったという状況から、一歩前進したようです。
◆自立後の困難と過酷な現実
社会的養護を行う施設は、子どもの年齢やその状態によっていくつかに分類されますが、その一つに「自立援助ホーム」があります。これは児童養護施設等を退所した後の、16〜20歳くらいまでの人が自立を目指し入所する施設です。
同所はあくまで自立が目的の施設であり、高校を中退したりして養護施設にいられなくなった人たちの受け入れ先ともなることから、「社会的養護の最後の砦」などと言われています。また、ここには施設に保護される機会がなく、ネグレクトや性虐待などの発見しづらい虐待環境で、義務教育を終えるまでなんとか生活してきた子どもが、家出等をして保護され入所してきたりするそうです。
「社会的養護を終え、いざ、自立となった人たちの中には、自死したり、罪を犯して服役したり、ホームレスとなったりといった人たちが後を絶ちません。これらは決して特別なケースではないのです」と、東京都小金井市にある相談所「ゆずりは」所長の高橋亜美さんは語ります。
ゆずりはは、自立援助ホームの職員だった高橋さんを中心に昨年結成された、社会的養護を終えた人たちからの相談に応じるアフターケア相談所です。相談を受けるほかにも高卒認定のための学習会を行ったりと、忙しい業務を高橋さんを含む3人のスタッフで切り盛りしています。社会的養護を受ける理由が虐待であるという子どもは、全体の6割どころではなく「職員の実感としてはほぼ10割」と高橋さんは言います。
たとえば、母子家庭でその母親が自死したケースでは、直接の入所理由は母親の自死ですが、そのような状況下で子どもが適切な環境で育てられたかというと、とてもそうは言えません。不適切な家庭環境や、見えにくい虐待環境のもとで育った子は、限りなく虐待を受けたに等しいのです。こうした子どもたちが適切なケアを受ける間もなく自立を迫られたところで、果たしてすぐに安定した生活が送れるものでしょうか。
「自立より、何よりもメンタル面のサポートが必要なのは明白です。トラウマに苦しむ人も多い中、サポートやケアが受けられないまま、一律に自立を迫られていることが問題なのです。就職した先で、上司に注意されたことがきっかけで子どもの頃に受けた暴力の記憶がよみがえり、上司を殴ってしまったというケースもあります。職を転々とするというと世間からは厳しい目を向けられますが、実際にはもう本人の努力の範疇を超えています。自死を選ぶなど、極限の状況まで追い込まれる前に、なんとかして相談できる環境を作りたいと考えています」
◆もっと、身近な問題として
東京都が昨年発表した、児童養護施設等を退所した人へのアンケート調査によると、施設の退所直後にまず困ったことは「孤独感、孤立感」「金銭管理」「生活費」「職場での人間関係」等が挙げられています。また、そうした困りごとを誰に相談したかという質問には、「施設職員」との答えが40%で、次いで「誰にも相談しなかった」が16・8%にもなっています。
「子どもたちは『迷惑をかけたくない』との思いから、意外にも自分の入っていた施設には相談しづらいのです」と高橋さん。ゆずりはで受けた相談内容は、一般的な生活相談から、自己破産手続きや生活保護申請の同行、DVからの一時保護と解決、中絶手術後の精神的ケアなど、すぐ専門機関につなぐ必要があるような、緊急性の高いものも少なくありません。
切実な需要があるにもかかわらず、このようなアフターケア専門の相談所は全国でも他に例がありません。資金面の課題も大きく、ゆずりはも経費のほとんどを母体となる社会福祉法人に依っていますが、法人の資金も限界があります。恒常的な安定した運営が出来るよう、厚生労働省や東京都にこうした事業の必要性を訴えていますが、なかなか聞き届けられないのが現状のようです。
「虐待は、当事者やその家庭だけの問題ではなく、社会の構造的な問題だと思います。皆さんに伝えたいことは、可哀想な特殊な家庭の問題としてではなく、身近な問題、自分たちの問題としてもとらえてほしいということ。見方を変えて、子どもの同級生や近所の子どもにも優しいまなざしを向けてほしい。他所の子が幸せじゃない社会は、自分の子どもにとっても絶対に幸せじゃありません」
児童虐待の相談件数は増加し続け、昨年は約6万件と、集計開始から最多を記録しています。虐待は許されないことですが、虐待する親や家族が増える背景には、経済的困窮や孤立など別の困難が多重的に作用し、弱い子どもが被害者となっている側面もあるのです。
デリケートな問題だけに介入には慎重さを要しますが、苦しむ子どもも、社会的養護を終え手助けを必要としている若者も、私たちの「ひと声」を待っているのかもしれません。(吉)