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ネット依存
"メディア漬け"と子どもの危機―夏休みを前に―
ぴっぱら2012年7-8月号掲載
NPO子どもとメディア 代表理事 清川輝基
◆日本の子どもは絶滅危惧種?!
70年代から80年代にかけて子ども期を過ごした人々が親になって子育てを始めた90年代半ば以降、日本の子育ては大きく様変りしました。
たとえばわが子への授乳をテレビ見ながらメール打ちながら、という母親が現在8割にも達しています(NPO子どもとメディア調べ)。そして幼い時期からテレビ、ビデオやゲーム機に子育てを任せる「電子ベビーシッター」現象は珍しいことではなくなっています。
こうした〝メディア漬け〞の子育ては親子の愛着形成を阻むばかりか、子どものからだや心、そして言葉の発達にも大きな障害となっているのです。日本の子どもたちの電子映像メディア接触時間は世界一長いということも国際調査(IEA・国際教育到達度評価学会)で明らかになっています。
その結果、子どもたちがからだと言葉を使って過ごす「外遊び」や、親子や兄弟姉妹が語り合う「団らん」の時間は激減してしまいました。そして、ここ数年子どもたちの育ちの状況は一段と悪化し深刻な状態となっています。
子どもたちの体力・運動能力は1985年をピークに大きく低下した状態が続いていますし、「孤独」を訴える子どもの多さや「自己肯定感」の低さは国際的にも異常な状態となっています。小・中学校での校内暴力の激増、そして低年齢化は皆さんよくご存知の通りです。
からだの発達の遅れや歪み、諸外国とは明らかに異なる心の異変、言葉の力の獲得レベルが低いことなども含めて、日本の子どもたちの多面的発達不全=「劣化」が一段と深化しているのは間違いないところでしょう。
こうした日本の子どもたちのからだや心の異変に、自然保護団体の一部の人たちからは、「日本の子どもも絶滅危惧種?!」という心配の声があがっています。
では、どうすればよいのか。そのカギを握るのが夏休みの過ごし方です。
◆メディア漬けか脱出か、夏休みは分岐点
年に2回、春と秋に視力検査を実施している学校でしばしば見られるのが、秋の検査で大きく視力が低下してしまっている子どもです。そうした子どもに夏休みの生活を聞くと、そのほとんどがメディア漬けの日々だったと答えます。
幼稚園や学校に通う必要もなく、食事時間も起床や就寝時刻などにも何の制約もない日が40日ほども続くのが夏休みです。そんな夏休みは、日常生活ではなかなか体験できないことにチャレンジしたり、長い時間をかけて何かをやり遂げたりする絶好のチャンスです。
日頃の〝メディア漬け〞の生活では得られなかった新鮮な発見や感動を体験し、達成感に浸ることで二学期からの生活が大きく変ったりもします。
こうした夏休みの過し方を仮にAパターンと呼ぶことにしましょう。このAパターンは、日本の多くの子どもたちが陥っている多面的発達不全=「劣化」からの脱出の道でもあります。Aパターンのお勧めチャレンジポイントは後述することとして、次は正反対のBパターンです。
前述した、夏休みを機に急激な視力低下がおこったケースは典型的なBパターンといえます。生活行動に何の制約もなくなる夏休みは、いつでも何時間でもテレビ、ビデオ、ゲーム、インターネット、スマートフォンなどの電子映像機器に接触することができる日々でもあります。子どもがしっかりと自己コントロールできる力を身につけていたり、家庭内でキッチリと約束事が決まっている場合を除いて、多くの場合普段の〝メディア漬け〞の生活が大幅に助長されることになります。
私は講演などで全国各地に出かける前に、その地域の子どもたちのメディア接触時間を調べてもらっています。そして、平日6時間、休日10時間以上の接触時間の子どもたちを長時間接触群として生活指導や学習指導に役立ててもらっているのです。
その調査結果では、可処分時間のほとんどをメディア接触に費やしている長時間接触群が、どの地域でも10〜15%程度存在しています。このグループの子どもたちに多面的発達不全=「劣化」の徴候がより顕著に見られるのはいうまでもありません。夏休みの過し方のBパターンというのは、夏休みという自由な日々をキッカケにこの長時間接触群の仲間入りをして、「劣化」の道にはまりこんでしまう子どもたちなのです。
Bパターンに陥った子どもたちは、急激な視力低下や夜昼逆転の生活が始まり、成績低下や親子ゲンカの日々へとつながっていきます。とりわけ問題なのがゲームやインターネットに極端な長時間接触を続け、それらから離れられなくなる「ネット依存」状態の子どもたちです。
「ネット依存」状態になると学校や会社に行かなくなって引きこもったり、深刻な親子のトラブルをまねいたりしますが、日本では統一した診断調査尺度すらなく、そうした子どもや若者が一体どれくらいいるのか全く実態はつかめていません。
そして、「ネット依存」についての相談を受けたり治療にあたる専門家もごくごく少数で、一度「ネット依存」状態になってしまうと本人はもちろん家族も長期間苦しむことになります。夏休みはそうした「ネット依存」に陥りやすい魔の期間でもあるのです。
しかし、その夏休みを利用して「ネット依存症」の治療に取り組んでいるのがお隣の韓国です。
◆青少年のネット依存症対策ー韓国の場合
日本に先駆けてIT化を進め、ネット先進国といわれる韓国では、21世紀に入って「青少年のネット依存」が深刻な社会問題となり、国をあげてその対策に取り組んでいます。
韓国でも子どもがゲーム中毒になり、親ともめて暴力をふるったり殺人事件になったり自殺したりといった事件は頻繁におきています。2010年11月にも、韓国南部の釜山で中学3年生の男の子がパソコンゲームのやり過ぎを注意されたことに激昂して母親を絞殺し、自分も首をつって自殺するという事件がおきました。
数年前には、オンラインゲームに夢中になって新生児を放置して死なせてしまった若い親までいました。
そんな青少年の状態を放置できないと始まったのが、ネット(メディア)依存症の予防と治療への取り組みです。私は2011年2月、4月、7月と3回にわたって韓国を訪れ、政府の責任者に話を聞いたり治療キャンプの現場を視察する機会を得ました。以下その一端を紹介します。
●政府の8部門が
韓国のネット依存症対策は政府の8部門が取り組んでいますが、その中で中心的役割をはたしているのが行政安全部(部は日本の省にあたる)傘下の情報化振興院の中にある「メディア(ネット)中毒対応センター」と、2011年に新しく発足した「女性家族部」です。
●K尺度による実態調査
韓国でのネット依存症対策は2003年から始まりました。「K尺度」という調査尺度(本人用と診断者用がある)を使っての実態調査が毎年実施されています。
2010年調査では9歳〜19歳の青少年の12・4%、87万7千人がネット中毒危険群および潜在的危険群と判定されています。また2010年3月の小学校3年生対象の調査で5・7%がネット中毒状態と判明し、依存の低年齢化への危機感が高まっています。
●インターネット・レスキュースクールー治療キャンプ
ネット依存度の高い子どもたちに対しては、7〜8月の夏休みを利用して国(女性家族部)主催で、11泊12日の治療キャンプが各地で行われています。2011年には全国8か所でしたが、2012年には24か所に増やされることが決っています。
この治療キャンプでは、子ども2人に対し1人の援助者がつき、寝食を共にしながら集団生活をします。音楽、スポーツ、ボランティア、野外体験活動などにチャレンジさせながら、インターネット漬けの生活から抜け出すきっかけを作ろうというもので、オヤツ代を除いて費用は政府が出しています。
●予防・相談体制の全国的整備
これまでに3000人ほどの専門カウンセラーが養成され、全国160か所の相談センターを拠点に相談を受けたり、小中学校に出かけてネット中毒予防のための啓発授業を実施したりしています。2010年には全国80万人の児童・生徒がこうした啓発授業を受講しました。
◆夏休みのチャレンジポイント
では最後に、「絶滅危惧種」などと言わせないために夏休みを利用してのチャレンジポイントを3つあげておきましょう。
①「足」や「体幹の筋力」を使う機会を
現代の子どもたちは、1日の歩行歩数が30年前と比べても極端に減っているために「足」が育っていません。その結果、ころびやすく長く歩けなくなっています。
一生自分のからだを支える「足」を育てるのは子ども時代です。また家庭でも学校でも、渾身の力をふりしぼる機会などほとんどなくなってしまいました。長い人生、背骨を支える体幹の筋肉を獲得するのも子ども時代です。長い夏休み、「足」と「体幹の筋肉」を意識した生活を!
②脱メディアで言葉の力を
〝メディア漬け〞で育つ子どもたちは、自分の思いや状況を言葉で伝える技術が極めて稚拙です。幼いころから、テレビ、ゲーム、パソコン、ケータイと向き合う時間が劇的に増える一方で、言葉を発したり言葉を交わし合ったりする時間は劇的に減少してしまいました。
家庭がホテル化し日常生活での地域の人とのつながりが希薄化した今、夏休みは言葉を使ってさまざまな人々との関わりを創る絶好の機会です。
③エネルギーと時間を他者のために
「自己肯定感」は他者との関わりの中で育まれます。テレビやゲーム、ケータイに向き合って生身の人間と触れ合う時間がほとんどなく、他人から「ありがとう」と言われたことのない子どもに「自己肯定感」は決して生まれないのです。他者のために自分の時間とエネルギーを使うことで子どもたちは大きく変身します。夏休みはそのチャンスです。
◆テレビを消して外遊び!ゲーム・メールよりもおしゃべりを!!
日本の子どもたちが、からだや心をまっとうに育み、言葉の力を獲得するために何が大切かを端的に表現したのがこのスローガンです。私は1990年代後半からこのことを全国の教師や小児科医、幼稚園・保育園・小中学校のPTAの皆さんに訴え続けてきました。その結果、現在では全国各地で、教育委員会や校長先生が音頭をとって地域ぐるみ、学校・園ぐるみの「アウトメディア」の取り組みが始まっています。
とりあえずは、夕食の時にテレビを消す。皆さんのご家庭でも、そして皆さんの地域でもこんなチャレンジから始めてみませんか。
※参考文献
「メディア漬けで壊れる子どもたち」
《清川輝基、内海裕美(小児科医)共著 少年写真新聞社》