家庭・暮らし

笑顔の家族をつくるために―働く女性の実情とワーク・ライフ・バランス―

ぴっぱら2010年5-6月号掲載

東京都内の公立中学校で教師をしているBさん(34歳・女性)は、現在結婚を考えている彼がいます。しかし、Bさんは平日は授業に、進路指導にと遅くまで仕事に追われる日々。土日も部活動の指導があるため、きちんと休めるのは週1日あるかないかという生活です。会社員の彼も毎日遅くまで残業しています。「結婚したいし子どもも欲しいけど仕事は辞めたくない。でも、この生活に育児が加わるなんてとても考えられない。彼も忙しいから協力は難しいだろうし......」と、真剣に悩む日々です。

また、常勤社員として働くAさん(36歳・女性)は、会社員の夫と5歳の息子との3人暮らし。朝、息子を保育園に預け、帰りは急いでお迎えという忙しい日々を送っています。Aさんは「2人目はどうするの?」などと親族に聞かれることもありますが、「正直、2人目は考えられない」と言います。なぜかと尋ねると、「自分の負担がこれ以上増えると、子どもの世話がしきれるかどうか......上の息子にまで手が回らなくなるのではと心配」とのこと。夫は仕事で毎日帰宅が遅いこともあり、育児と家事はほとんどがAさんの肩にかかっています。

仕事を持つ女性は増え続けています。4月9日に発表された厚生労働省の「働く女性の実情」によると、女性の労働力人口は2771万人で、過去最多となったそうです。女性は男性に較べて結婚・出産により、一個人から妻、そして母へと期待される役割が大きく変化します。働く女性は増えましたが、仕事と家庭を円満に両立できる女性はどれだけいるのか......このような声を耳にするたび考えてしまいます。

男女雇用機会均等法が施行されたのは1985年。女性社員は男性社員の「お嫁さん候補」とされ、男性社員の補助的仕事ばかりを任されるといった話は、この20年でほとんど聞くことがなくなりました。バブル景気の崩壊以来、即戦力として女性の労働力が評価される時代になってきたのです。

しかし、いまも働く女性をとりまく状況は決して明るいものではありません。現在働き盛りの女性たちは、学生時代から男女同権があたり前、努力をすればするだけ公正な評価が得られるという教育を受けて育ちました。しかし、いざ社会に出てみると、事あるごとに「やっぱり女性は......」と言われて悔しい思いをしたり、昇進や賃金の面で差別を受けたりといったことがあります。そして何より、結婚や出産に伴い、職場から退職の勧告を受けるなど、大きな不利益を被ることも少なくありません。

家庭の維持は、男女双方の努力によるものです。前出の2人がもし男性であったら、仕事と家事・育児の両立でこんなにも悩まなくてもよかったのではないでしょうか。

◆出産を機に多くが退職

女性の年齢階級別労働力率のグラフラインは20代前半と40代後半を頂点として、20代後半〜30代後半までが落ち込み、まるで「M」の字のように見えます。実は、この落ち込んでいる部分が、女性がちょうど子育てをする時期と重なっているのです。フランス、スウェーデンなどで同様のデータを見てみると、これらの国々では台形に近く、「M」は日本の女性の働き方の特徴を如実に表しているといえます。日本では、出産を機に約7割もの女性が職場を去るのです。

その理由は、「自分の手で子育てしたかった」という回答が半数近くを占めています。しかし同時に、「(仕事と)両立させる自信がなかった」「就労・通勤時間の関係で子を持って働けない」「育休制度が使えない・使いづらい」「子どもの預け先がない」など、小さな子どもを持ちながら働く環境が整備されていないことを示唆する回答も多かったのです(平成18年度版国民生活白書)。

子どもの預け先として真っ先に浮かぶのは保育所ですが、現在さかんに報道されている待機児童の問題は、子どもを産んでも生きがいのため、また経済的な理由で仕事を続けたいという女性を離職に追い込むという、本当に深刻な状況を生み出しています。

◆増え続ける待機児童

3月末、厚生労働省は、待機児童が全国で4万6千人あまりいることを発表しました。これは、前年の同じ時期よりおよそ6千人近く増え、2001年の統計開始以来で最も多い数字です。

この急激な増加ぶりは、やはり近年の経済状況の悪化により、家庭にいた母親の多くが働き出したためと考えられます。周囲では、「入園は常勤の母親が優先で、パートタイマーではまず落とされる。家計はぎりぎりで働かないといけないのに......」「もうすぐ育児休暇が終ってしまうのに預け先が決まらない!」という悲鳴に近い声も聞こえてきます。

待機児童の問題は、地方ではなく主に大都市圏やその周辺地域で深刻です。これは、大都市周辺の人口が多いことに加え、地方では親や祖父母との同居も多く、保育所を利用する必要がないといった事情もあるようです。政府も事態の深刻さを受け、数年前から「待機児童ゼロ作戦」として保育所の整備のほか、自宅で子どもを預かる「保育ママ」制度の推進など対策を講じていますが、増え続ける入園希望者に対応がまったく追いついていないのが現状のようです。

また、運よく認可保育所に子どもを預けることができても、小さい子どもは体調を崩しやすく、発熱や急病で保育所から呼び出しをうけることもしばしばです。「子どもの調子がよくないときは、呼び出されませんようにと毎日祈るような気持ちで仕事をしている」といったママの声は本当に多いのです。子どものため仕方がないとはいえ、病気のたびに仕事に穴をあけてしまえば、職場でよい顔をされるはずがありません。そして、病児を預かる保育所はまだまだとても少ないのです。

しかし、今年の「育児・介護休業法」改正により、二人以上の子どもを持つ場合、看護休暇の日数が増やされることになりそうです。弱い一労働者の立場では、どうしても職場の論理に従わざるをえませんが、法律により強制力が働けば、労働者は堂々とその権利を主張することができます。こうした法の整備がさらに進んでいくことを願うところです。

◆育児休暇は女性のもの?

子どもの急病時をはじめ、子どもに関することはほとんどが母親の担当、という家庭はとても多いようです。夫婦ともに会社員として働いていれば立場は同じですから、母ではなく父が仕事を中断し迎えに行ってもよさそうですが、職場の雰囲気によっては「子どものために早退するなんて、上司にとても言い出せない」、さらには、「仕事が忙しいし、俺の方が稼いでいるからのだから妻が行って当然」と思っている夫までいます。

先日、東京都文京区の区長(男性)が、第一子誕生を受けて育児休暇(育休)を取ったということがニュースとなりました。現在、民間労働者の育休取得率は、女性90・6%、男性は1・23%。男性はいかに取得して(できて)いないかということがよくわかります。やはり女性が育児をするのが自然なんだなあ、という感想をもたれた方も多いかもしれませんが、この数字は男女の賃金格差も深く関わっているようです。

実は、男性の賃金を100とすると、女性は69・8にすぎません(『働く女性の実情』)。この数字を多いと見るか少ないと見るかは世代によっても意見が分かれそうですが、育休中と職場復帰後に労働者が受けとる雇用保険からの給付は、月額賃金の約4割。すると、当然給与額の少ない方が休んだほうが得、ということになるのです。かくして、育休取得は女性に集中することになります。

繰り返しますが、給与額や昇進ペースはまだまだ男女平等ではありません。「同期で入社した中で、それほど優秀でなくてもなぜか男性だけがどんどん役職についていく。ばかばかしくてやってられない」という銀行勤務の女性の話を聞いたことがありますが、こうした差別的な土壌は、まだまだ厳然と存在していることを感じます。

一方で、男性でも職場の無理解に悩む人がいます。最近、「イクメン」という言葉があるそうですが、これは育メン、つまり、育児に積極的な男性のことを指すようです。「父親であることを楽しもう!」をモットーに啓発活動を行う、NPO法人ファザーリング・ジャパン(安藤哲也代表)のような団体や個人も増えてきています。

しかし、国際労働機関(ILO)の調査によると、週50時間以上働く男性の割合は、先進国中で日本が第一位。それにもかかわらず、労働生産性は、OECD加盟国30国中20位という、なんともがっかりするようなデータもあります。一体、何のために長時間働いているの?と思わず言いたくなってしまうような結果です。労働時間が長いということは、それだけ家で過ごす時間が少なくなり、家事や育児にも関われなくなるということです。

また、子育てにおける夫と妻の分担の割合について子育て中の妻に尋ねたところ、「妻8:夫2」と回答した人の割合が最も多く、次いで「妻9:夫1」、「妻7:夫3」という結果となりました(平成19年度版国民生活白書)。これは、専業主婦も含まれているため妻の負担の割合がより多くなるのかも知れませんが、それにしても、核家族化が進む中、やはり妻の側にかなり育児負担がかかっている状態と言わざるを得ません。

◆仕事と家庭の両立を

子育てに参加したい男性が増えているのに、なかなか分担できない......それを改善していくには、やはり働き方の見直しが不可欠ではないかと思います。

厚生労働省は、「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」と「男性の育児休業取得」を現在積極的に進めています。これまでは、一人ひとりの働き方は、あくまで個々の職場に委ねられてきました。

しかし、うつ病を患う労働者や自殺の増加、また過労死や少子化などの問題を早急に解消しようと、官民が一丸となってこの課題に取り組むべきだとしています。「育児・介護休業法」の改正もその一環です。

働く女性がもっとイキイキと過ごせないだろうか......。そんなことを考えてさまざまな社会状況や支援のあり方を見ていくと、働く女性が幸せな社会は、男性にとっても、また子どもたちにとっても幸せな社会であるということに気付かされます。日本経済が危機的状況にある現在だからこそ、効率を最優先してきた社会のひずみが明らかになっています。雇用の調整弁として非正規雇用者が重用され、結果的に若い世代や女性たちが弱い立場に立たされています。加えて、優位のはずの正規雇用者、特に男性は雇用を維持するために長時間必死で働かなければならなくなっているのです。

世界に眼を向けると、たとえばオランダは80年代、パートタイマーへの差別を撤廃し、ワークシェアリングを進めることによって、大不況からの脱却に成功しています。日本では未だに「男は仕事、女は家事育児」という価値観が根強いですが、そうした家庭内役割分担の意識が昂じると、男性の長時間労働や女性への差別へとつながっていきます。専業主婦であっても、「よい妻・よい母親であれ」と強要されるのはつらいことです。また、「妻子を食わせてこそ男」という価値観も同様です。

男性も女性も、それぞれが家庭と仕事を両立することを目指し、それに向けた職場環境の整備と、子育ての支援を社会全体で進めていくことが、いま、求められているのではないでしょうか。(知)