不登校・ひきこもりについて考える

「ひきこもり」の現状と支援―訪問サポートの現場から―

ぴっぱら2010年7-8月号掲載
訪問サポート士 池田太郎

◆訪問サポートの現場から

私は現在、東京・新宿区で活動する星槎(せいさ)教育研究所において、「ひきこもり」の家庭訪問を中心とした、若年者サポートの仕事をしております。同研究所は、「すべては子どもたちのために」をモットーに、不登校や発達障害等の児童・生徒を支援するNPO法人です。

訪問の依頼があれば、ボランティアスタッフと私の二人でご家庭を直接お伺いし、ドア越しに声掛けをしたり、リビングでお茶を飲みつつご本人やご家族の話に耳を傾けたり。またある時は、ご本人と買い物や食事に出かけて、時にはフリースペースと呼ばれる若者の居場所へ一緒に同行することも......。そんな日々を過ごしています。

かつて私は、ITエンジニアとして金融機関のコンピュータシステム開発に従事していましたが、体調を崩して退職しました。その後、紆余曲折を経て、平成15年より、首都圏で次世代育成の課題に取り組むNPO法人や、ボランティア団体の方々と知り合い、訪問カウンセリングや、若者の居場所づくりに社会参加支援、電話相談などの活動を開始しました。

平成16年からは、全青協が立ち上げた、お寺のネットワークを生かした不登校や「ひきこもり」の支援事業、「てらネットEN―不登校・ひきこもり対応寺院ネットワーク―」のスタッフを務め、当事者の合宿や就労支援を行ってきました。

◆「ひきこもり」の現状と支援

昨今は「ひきこもり」という言葉をニュースで耳にすることも珍しくなくなり、日本人の多くがこの言葉を知っています。ここで改めて、その現状について概観しておきましょう。

まず人数ですが、平成16年「厚生労働科学研究・こころの健康についての疫学調査に関する研究」によると、全国で20〜40歳代までの、ひきこもり状態にある子どもを抱えている家庭は、約26万世帯と推定されています。

また、「ひきこもり」の子どもを抱える家族会「全国ひきこもりKHJ親の会」では、「ひきこもり」の数を全国で163万人と推計しています。正確な数字は把握しきれませんが、多くの当事者が国内に存在することは、間違いないでしょう。

私の所属する団体に足を運ぶ当事者を見ても、そのきっかけはさまざまです。学生時代の不登校、就職活動の不調、職場不適応、人間関係の不信、病気など......。原因は一つに特定されず、いくつかの要因が重なっているケースも多いのです。

それでは、その支援の現状は一体どのようなものでしょうか。たとえば民間においては、合宿形式で寝食をともにする宿泊型施設が設けられていたり、心理カウンセラーやセラピストによる心理療法を行っている団体、また、親の会、当事者限定の自助グループ等があります。

費用の面においては、ボランティアで運営されているようなところもあれば、高額の費用が必要な支援機関もあり、さまざまです。また精神科病院など医療機関でも、「ひきこもり」の相談や治療に応じるところがあります。

行政機関では、厚生労働省が平成15年に「10代・20代を中心とした『ひきこもり』をめぐる地域精神保健活動のガイドライン」という対応指針を各都道府県・指定都市等に配布し、相談活動の充実を図るよう通知しました。現在、全国の保健所や精神保健福祉センターで保健師さんたちが相談に応じたり、家族教室などを開講しているところが増えてきています。

それから、「ニート」と呼ばれる若年無業者の増加に伴い、「ジョブカフェ」「地域若者サポートステーション」「合宿型若者自立プログラム(旧・若者自立塾)」等の、就労に特化した支援機関も各地に設立されています。

ただ、これらの機関は、実際に本人が直接窓口に足を運ばないことには、サービスを受けられないところがほとんどです。ひきこもり当事者の大半が家庭に閉じこもっている現状において、今後、「アウトリーチ(外からの働きかけ)」、すなわち訪問スタイルの支援に対するニーズが、急速に高まっていくのは明らかでしょう。

◆東京都の支援事業「コンパス」

平成19年に東京都青少年・治安対策本部で実施された調査によると、東京都内でひきこもり状態にある15〜34歳の人数は、およそ2万5千人と推計されています。この調査結果を受けて、東京都では、ひきこもる若者を支援するネットワーク事業を立ち上げました。それが「東京都若者社会参加応援ネット『コンパス』」です。

事業を直接担うのは、都内に活動拠点を置くNPO法人。平成22年度は、青少年自立援助センター(福生市)、文化学習協同ネットワーク(三鷹市)、「育て上げ」ネット(立川市)、星槎教育研究所(新宿区)の4団体が、

「訪問相談・支援」 自宅に閉じこもっている家庭を支援員が訪問し、第三者の風を入れる
「自宅以外の居場所の提供」 フリースペースでプログラムに参加して、対人関係やコミュニケーションスキルを培う
「社会参加への準備支援」 ボランティア活動や企業実習など、就労に向けた社会体験活動を行う

以上3種類の事業をそれぞれ受託しており、都内在住の若年者は、これらのサービスを原則として無料で利用することができます。私の所属する星槎教育研究所では、①と②を実施しております。私は平成20年の夏から、コンパスの訪問サポートを始めましたが、多くの方にお会いする機会を通じて、さまざまな事が見えてきました。

◆訪問先それぞれのケース

当事者は、10代の方もいれば30代の方もいます。また、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)、アスペルガー症候群といった発達の課題を抱えている方や、心身に病気・障害を抱えている方も相当数の割合を占めているのです。福祉事務所の生活自立支援員と一緒の訪問もありますし、ここ最近では、女性の支援対象者や家族からの訪問依頼が、かなり増えてきました。

そして、私たちが訪問を通じてアプローチしていくことにより、家庭の中で閉じこもっていた当事者の中から、アルバイトで働き始めた方や、フリースペースへ定期的に通所できるようになった方も少しずつ増えてきました。医療機関へ自主的に通院を始めた方や、外出先のバリエーションが増えた方もいらっしゃいます。

たとえば、就職活動に失敗したという24歳のタクヤさん(仮名)とは、毎回必ず本人と昼食を共にしてきました。初めは訪問してもなかなか会話が続かなかったのですが、一緒に食事をとることによって、少しずつ信頼関係が醸成されていったのでしょう。10回の訪問の末、タクヤさんは現在、小売店でアルバイトをするようになりました。

また、アスペルガー症候群の診断を受けている32歳のナオトさん(仮名)の場合は、コンピューターに大変詳しく、初回から元当事者のボランティアスタッフとインターネットやゲームの話題を展開できました。

かつて、不登校やひきこもりを経験したことのあるスタッフが同行して話を聴くことで、本人の気持ちをより理解できることも多いのです。6回目の訪問後、ナオトさんは家族同伴でフリースペースに来所し、現在はパソコン講座で表計算ソフトを学習する日々です。

星槎のフリースペースでは、SST(生活技能訓練)にパソコン講座、レクリエーションや地域でのボランティア活動、「朝食クラブ」と呼ばれる若者と親御さん合同の食事会など、参加型、活動型のプログラムが数多く用意されています。

中学2年から不登校だった19歳のノゾミさん(仮名)は、イラストを描くのが好きで、趣味を同じくする支援員と、とても話が盛り上がっていました。共通の話題を交わせることで、他者に対する不信感や不安感が和らげられたのかもしれません。ノゾミさんは訪問8回目に、支援員同伴でフリースペースへ来所することができました。来所後は得意な料理の腕を活かして、朝食クラブの準備に積極的に参加しています。

◆今後の課題〜長期化・高年齢化〜

今後直面する問題の一つに、「ひきこもり」の長期化・高年齢化があります。たとえば先ほどの東京都の調査では、当事者の4割を30代以上の人が占め、3年以上ひきこもりの状態が続いている人が全体の半数を占めています。

当事者に対して有効な支援がなされなければ、ずるずると時間ばかりが過ぎていきます。当然、両親がいつまでも生きている訳ではありません。

家族会の平成21年度調査によると、平均年齢は30・3歳で、年々上昇を続けています。最近は、学校を卒業して、社会人として何年か就労した後にひきこもり状態に入ってしまう、「大人のひきこもり」も増えているのです。

ちなみに、コンパスの対象年齢は35歳未満で、地域若者サポートステーションは40歳未満です。けれども、30代後半や、40代の当事者にお会いすることは珍しくなくなりました。今後、こういった高年齢層の支援をどう充実させていくかは、大変重要な課題と言えましょう。

また、社会保障の観点から申し述べると、少子化・高齢化に伴う税収減によって、従来の生活保護や障害者年金などの制度を活用していくのは、今以上に困難になっていくかもしれません。その結果、高齢となった家族と本人の、ライフプランとマネープランを考えることも必要になってくるのではないでしょうか。

家庭でライフプラン、すなわち人生設計と、マネープラン、お金の問題を考えるために、たとえばファイナンシャル・プランナーに財産の相談をしたり、終の棲家、すなわち介護の問題を考えたりする機会がこれから増加していくように感じられます。関連する講演会や講座も、各地で開催されています。

また、不動産や年金、保険をどう生かしていけばいいのかを検討したり、成年後見制度と呼ばれる、認知症になった高齢者や障害を抱えた方々に身寄りが無くなった時、財産管理その他の面倒をみてもらう制度がありますが、この制度をモデルにした「後見システム」というのを、「ひきこもり」にも応用していこうとする動きもあるようです。

今後の「ひきこもり」支援においては、既存の支援に加えて前掲したような問題にどう応えていくかということも、ますます重要な課題になっていくでしょう。

今年4月1日、「子ども・若者育成支援推進法」という法律が施行されました。この法律には、「修学及び就業のいずれもしていない子ども・若者その他の子ども・若者」であり、「社会生活を円滑に営む上での困難を有するもの」に対する支援を行うことが明記されています。

これから、全国の地方自治体が中心となって「子ども・若者支援地域協議会」と呼ばれるネットワークが各地に整備され、特に「ひきこもり」の若者たちに対して、アウトリーチを中心としたさまざまなサポート体制が充実していくものと期待が高まっています。

◆むすび

私は今、訪問サポートを行っていますが、訪問できるご家庭は、全国の「ひきこもり」数十万世帯の中でごく(か。まさに、氷山の一角に過ぎません。そして、当事者に対する支援は、目に見える結果が出るのにもたいへんな時間を要します。1年近くかかって、ようやくフリースペースまで辿り着ける方も少なくありません。

しかし、やりがいのある活動をさせていただいている毎日。活動を通して関わることのできた、すべての方々に感謝しております。