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発達障がいとひきこもり
発達障害がある人の社会における生きにくさから支援を考える
ぴっぱら2011年1-2月号掲載
東京都発達障害者支援センター主任支援員 石橋悦子
私は「発達障害者支援センター」の立場で、発達障害がある本人やそのご家族、支援機関など関係者の方々と日々関わる仕事をしています。
本センターにおける事例の中にはひきこもりの状態にある方が少なくありません。5年、10年と長期化している事例もあります。相談に来所した人たちの話をきくと、それぞれの人の生活実態は実に多様であり、障害名による一般的な理解やマニュアル化したような支援法ではとても対応できるものではないと感じています。
支援者の立ち位置として求められることは、むしろ、長年の生活歴も含めその人ごとの生活実態を幅広くとらえることです。障害のない多数派の人たちを基準に作られた社会の中で、この人たちの生きにくさの内容を個別的、具体的にとらえ、本人たちにとってより良い方向に進めていくためには何ができるのかを現実的に考えていくことが必要であると思っています。
◆発達障害者支援センターの活動から言えること
発達障害者支援センターとは
平成17年4月に発達障害者支援法が施行されました。これにより、自閉症等広汎性発達障害の他に注意欠陥多動性障害や学習障害など、これまで社会施策上「障害」と認められず、谷間の障害とされていた発達障害にかかわる支援策を、具体的に推進していくことが国や地方自治体の責務として明示されました。
さらには、発達障害がある人の社会参加に協力するべく国民全体の協力を求めるものとされたことは、従来の障害者支援のあり方を大きく変えるものとして重要な意味があったことと考えています。
発達障害者支援センターは、本法において「発達障害児(者)への支援を総合的に行うことを目的とした専門的機関」として位置づけられ、発達障害がある人やその家族、支援機関をはじめ発達障害にかかわるすべての関係者からの問い合わせや相談に対応すること、あわせて発達障害の理解啓発や支援者育成にかかわる業務を行っています。
東京都発達障害者支援センターは、平成15年1月に社会福祉法人嬉泉が東京都より委託を受け、事業を開始しました。社会福祉法人嬉泉は、もともと世田谷区を起点に自閉症をはじめとする発達障害の人やその家族への支援に長年かかわってきており、新たに発達障害者支援センター事業を担当することになりました。
相談事例から言えること
本センターでの発達障害にかかわる相談はすべてのライフステージにわたり、本人や家族、支援機関をはじめとする関係者からの多様な内容となっています。中でも20代、30代の方に関する相談が多く、年々その割合は高くなってきています。その背景として、この数年、都内においては区市町村ごとに発達障害者支援体制が整備されつつあるところですが、現時点においてその内容は幼児・学童期支援が中心であり、18歳以上の人への支援についてはほとんどの地域において未着手という状態です。
このようなことから、当センターの相談事例においては、成人期の人の占める割合が高くなっているとも考えています。また、発達障害に関してテレビや新聞などマスコミで取り上げられる機会が以前に比べて格段に増えたこともあり、本人だけでなく、家族や職場などの関係者からの問い合わせや相談申し込みが年ごとに増加してきています。
青年期、成人期の相談の主訴として、本人からは「発達障害の診断を受けたい」、「発達障害の診断を受けた。就労を含めた今後の生活の相談にのってほしい」という内容がほとんどです。そして相談事例全体の9割以上の人は知的障害のない人であり、教育歴としては通常の学校を卒業、又は在籍しておられる方がほとんどです。またさらに高校、専門学校や大学、大学院を修了あるいは中退している人も少なくありません。
一方、親御さんなどご家族からは、「我が子が就労できない。就労継続できない」「家庭以外に本人が安心して行く場がない」「家庭内でのひきこもり生活が長期化し、他の家族との関係も膠着状態にあり、どう対応してよいかわからない」「家族としての相談にのってくれる人や場もない」などという相談が多いのです。また、本人と親御さんそれぞれから、親亡き後のことの心配を訴える相談も多くなっています。
そして、支援関係者あるいは職場などの関係者からの問い合わせや相談も多くあります。最近では、一般の学校や大学、職場などから、「本人の認識はないようだが、日頃の言動から発達障害があるのではないかと思う。どう対応したらよいか」などという内容の相談が大変多くなっています。
青年期、成人期の人の場合、これまでの生活歴においてさまざまに苦労はあったが、本人も周囲も「障害がある」という認識はなく、たとえば「就労、あるいは就労継続困難が明らかになったことをきっかけに発達障害を知った」、「うつ病を疑って精神科受診したところ、発達障害があると言われた」など、大人になってから発達障害があることに向き合うようになったという人が多いのです。
◆一筋縄ではいかない状況把握
本センターは、都に1箇所のみの設置であり、専属職員4名という状況から、対応できる内容には限りがありますが、まずは、発達障害がある本人や家族、関係者からの問い合わせや相談の窓口機能を果たしたいと考えています。そのためには、相談に来た人が「今、どういう状態にあるのか、どういうことに苦労しているのか」について把握出来るよう努めます。
青年期、成人期の相談事例について、全体の約4割は親御さんやご家族のみの相談です。本人のことを実際に知らないまま、相談が始まることが多いのです。このような場合、実態把握という点では難しくなりますが、ひとまず「本人についての相談」というよりは、「本人にかかわる親、家族の側の相談」として受けるようにしています。基本的には、本人と周囲との関係性をとらえながら現状把握に努め、共に生活していくための工夫のしようがあるかどうか、一緒に考えるようにしています。
また、後になって本人が相談に来所されることも珍しくありませんが、その場合、実際に本人に会ってみると、それまで得ていた親や家族側からの情報と、本人の生活実態や現状への認識の内容がまったく異なっていると感じることもあります。
とくに「本人が困っていて何とかしたい」と考えていることと、「家族が困っていて何とかしたい」と考えている内容のズレが生じていることが多く、お互いに「わかってもらえない」という不満や不安が募っている状態にあるように感じています。
そのため、相談担当者としては、相談のあり方について、まず基本的に自身の態度や雰囲気、話のしかたや話の進め方について、たとえば、「穏やかな態度を維持する」「相手がイメージしやすいような話のしかたを工夫する」「相手が言いたいことを焦点化する」などの配慮や工夫が必要と感じています。しかし、なかなか難しいというのが実感です。
◆発達障害がある人への支援の前提として
大切にしたいこと〜関わる支援者の立ち位置〜
先にも述べましたが、とくに高機能の発達障害の人の場合、たとえば一見流暢に話ができるように見えたり、学力も一定程度ある人でも、社会の中で多数派のもつ価値観や常識、言動のペースに合わせることができないことから、他者の無理解や誤解される状況に置かれて絶えず注意や叱責などを受けることになりやすいのです。
このことは、相談や本センターで長年継続している当事者へのヒアリング会での彼、彼女らの話からも明らかになっています。具体的に言えば、アスペルガー症候群など高機能の自閉症スペクラムの人は、「空気が読めない」とか「自分勝手」「思いやりがない」「教えたことの覚えが悪い」などとよく言われます。
そして、周囲の人はほとんどの場合「わざわざ説明しなくても見ればわかるでしょう」とか「一度教えたら覚えなさい」と言います。しかし、本人は「どこをどう見ればよいのかがわからない」「一度教わっても覚えきれない」などと言います。
社会の多数派の人がもつ「共通の心」は、人として自然に育ってくるもの、特別に苦労しなくとも育ってくるものと思われていますが、自然に放っておくと育ちにくい人もいるのです。
また、同じ場所で同じものを見て説明を聞いていたつもりであっても、その人の視点の置き方や話の聞き取り方が断片的であったりして、他の多くの人たちの体験内容と大きく異なり了解事項も異なってくることが考えられます。
あるいは文字の読み書きがスムーズにできない人は、瞬時に意味把握をし行動に移していくことができにくいために、結果として場にそぐわない言動となってしまいやすいということも考えられます。
多くの人の場合、このように困難な事態が実は人生の早期の段階から生じていたことも考えられますが、本人も周囲の側もその実態がわからないままに誤解や偏見に満ちた対応が繰り返され、結果的に強い不安状態となっています。そのために自己評価の低下から無気力になったり、決めごとやこだわりによる防衛的な生活態度や空想世界への没頭、あるいは反対に他罰的・攻撃的言動が強化され、ますます社会から孤立し困難な生活に陥ることになりやすいように思います。
以上のことから、私たちが大事にしていることは、本人のそれまでの苦労の内容を知りながらも、現在の生活の実態を素直に捉え、これからの生活について本人や家族が主体的に考え、すすめていくことができるように、関係者と協力しながら応援していくことです。
◆今後に向けて
現行施策において、青年期、成人期支援の方向性としては一般就労や社会的自立が掲げられていますが、私どものセンターでの相談支援の実際から言うと、社会参加支援のあり方を多様に考える必要性があると思っています。
まず、従来からの「社会の価値観や枠組みに適応させることのみを優先させた支援発想を変え、本人たちの良さを活かすための緩やかで現実的な社会参加ができる居場所(出来れば働く場)を多様に創出できると良いと考えます。
「働く」とは企業に組み込まれることだけではなく、他者との関係性において自分を知り自分を活かしていくことでもあります。自分の好みや考えだけではなく、人から言われたことを理解し、それに応えようとしていかなければならないのです。できればそういう体験を確実に重ねられる場を、家庭と社会の中間点に確保できないかと私たちは考えています。
今、東京都ではひきこもり支援の取り組みが積極的に行われていますが、これらの取り組みもこのことに繋がることと思います。
次に、本人を取り巻く人への支援(対応法と心のケア)も必要です。本人にかかわる家族や学校や職場の関係者など、お互いを行き詰まらせないように、つきあい方、暮らし方の工夫が実現できるとよいと思っています。
私たち発達障害者支援センターの基本姿勢としては、発達障害がある人の立場からこの社会をとらえ、彼らの苦労を知り、ある時は社会からの守りの盾となり、ある時は社会の側のことを解説し社会への橋渡しをすることであると思っています。
今後の活動の重点目標としては、社会の中に、彼らの生活実態を知り、好意的に受けとめ、人としてつきあい応援してくれる人を確実に増やしていきたいと思っています。
(『寺子屋ふぁみりあ』講演より収録)