仏教者の活動紹介
心を耕す"祈りのお寺" ー蓮華院誕生寺ー
(ぴっぱら2015年11-12月号掲載)
2011年に全線が開業した九州新幹線。新駅のひとつに、熊本駅の一つ手前、新玉名駅がある。全国的には、玉名という街の知名度はそれほど高くないが、福岡と熊本、両商業圏の間に位置する利便性から、新駅の開業とあいまって今後の発展が期待されている。
そんな玉名には、地元の誰もが知っているお寺がある。〝願い事の一つは必ず叶う〟一願成就のお寺として、年間30万人もの参詣がある、真言律宗の九州別格本山、蓮華院誕生寺だ。
浄土宗の開祖、法然上人の師としても知られる天台の高僧、皇円上人をまつる誕生寺は、平安末期に平重盛によって創建されたと伝えられている。同寺は昭和に入って再興され、祈願・祈祷の信仰を集めるお寺として現在に至る。
「物心がついた頃から、多くの信者さんと家族同様に生活してきました。師僧である祖父と父に学んだことは、仏教の教えは具体的な実践を伴わなければ意味がない、ということです」そう語るのは、誕生寺の貫主、川原英照さんだ。
誕生寺は、皇円上人生誕の地にある本院と、市内北部の山麓にある奥之院からなる。18万坪もの広大な境内もつ奥之院には、祈祷を行う護摩堂や、各層それぞれが修行の道場となっている五重塔などがあり、地元だけでなく、全国から信徒が集ってくる。誕生寺は、玉名を象徴するランドマークなのである。
寺社建築の粋を集めたような壮麗な伽藍に圧倒されるが、それだけではなく、誕生寺は社会活動の面でも、他のお寺とは一線を画すような独自の取り組みを行っていた。
◆「れんげ国際ボランティア会」のあゆみ
その一つが、国際支援団体「れんげ国際ボランティア会」の運営だ。きっかけは、1970年代に起きたカンボジアの内戦による難民問題だった。まだNGOという言葉もあまり一般的でないこの時代、先代貫主の呼びかけにより、国際支援のための募金活動が誕生寺で始められ、活動がスタートした。
当時、仏教界で国際支援をしていたところは少なかったが、精力的に活動を実践していた「曹洞宗ボランティア会」(現在のシャンティ国際ボランティア会)と行動を共にしながら、川原さんらは「蓮華院国際協力協会」を立ち上げ、移動図書館を難民キャンプに巡回させたり、図書の発行を行ったりするなど、文化や教育の分野で支援を行った。
以降は、タイ、スリランカ、インド、ミャンマーなどの国々で、貧困や差別といった厳しい状況に置かれた人々に対して支援を続けている。2003年には、NPO法人化したことを契機に、名称を「れんげ国際ボランティア会」と改めた。35周年を迎えた今年は、これまでの功績が認められ「外務大臣表彰」を受け、さらに認定NPOとしても認定された。
近年、同会がとりわけ注力しているのはミャンマーである。カンボジアと同様に、難民支援からはじまった活動だったが、昨今では、「学校建設をきっかけとした村おこし」を実施している。
海外支援でよくあるのは、資金や施設などを一方的に提供する「贈与型」だ。その後のランニングコストを負担する必要がないことから、多くの団体で行われている。これに対して同会では、学校建設地の選定から地域住民に働きかけ、当事者性を認識してもらいながら、住民自身のモチベーションを高めていく、いわば「協働・教育型」の支援を行う。資金も、総額の4分の1ほどは地域で調達できるように頑張ってもらうという。
「すべてお膳立てするようなやり方では、長くは続かないのです。学校というものが自分たちにとってどれほど必要ななのか、ご本人たちに考え抜いてもらわなければ」と、事務局長の久家誠司さんは説明する。現地には、青年海外協力隊の経験もあるというベテランの日本人スタッフも常駐している。今では年間10校を目標に建設が進んでいるそうだ。
「村の人たちにとっては、自分たちが主体的に関わっているという想いもあり、完成時の喜びはひとしおのようです。自分たちは文盲だった、でも、子どもたちはこれから勉強して村を発展させるんだと、号泣する人も少なくありません」と、久家さん。活動のなかで、最も嬉しい瞬間である。
◆「親孝行」を感じてほしい
誕生寺の社会貢献活動は、国内においてもさまざまな形で行われている。たとえば今年で26回を数えた「こどもの詩コンクール」は、教育委員会や地元放送局、新聞社なども協力する大きな催しだ。毎回、県内の小中学校や特別支援学校の子どもたち6000人あまりから、お母さんやお父さんをテーマにした詩が寄せられている。
コンクールと言っても、競わせるために始めたのではないと川原さんは語る。きっかけは、豊かな世の中になるにつれて、子どもの心が荒んできたのではないかという懸念を抱いたことだった。
さらに自身が、周囲の人への感謝を通じて自分の人生を振り返るという「内観療法」の素晴らしさにいたく感銘を受けたという経緯もあった。「詩を書くには、自分の心を見つめなければできない。子どもたちにもぜひそうした作業を」と、思いを形にしたのだという。
「今は親孝行というものを、社会のなかで教えてくれるところがない。詩を書くことで、『ありがたい』と自分で気づいてもらうことができれば」
玉名出身の詩人、坂村眞民さんへの尊敬の念も大きい。坂村さんに審査委員長を依頼すると、二つ返事で快諾して下さったと、川原さんは微笑む。
「おかあさんは、おにぎりをつくるのがとくい」「お母さん、いつもごめんね」「お父さんのおなかはポヨンポヨン」----。涙あり、ユーモアあり、共通するのは、照れくさくて普段はなかなか口に出せない、親への愛と感謝の気持ちだ。どの詩も、一読するだけで胸を熱くさせる。
◆〝使い捨ての駒〟として
川原さんが子どもたちに伝えたかった「自分のこころを見つめ、感謝すること」は、誕生寺においても、内観道場という形で実践されている。仏教に根ざした心理療法であるこの内観は、まだ認知度は高くないが、心身の不調を改善して悩みを昇華させ、よりよい人生を歩むきっかけとして、多くの人が効果を実感しているそうだ。
思いや気づきを次々と実践していく誕生寺。大きな規模のお寺だから、これだけのことができる、というのは事実であり、間違いでもある。社会貢献を続けていくためには、何より信念や信仰といった「信」が不可欠なのではないか。
「僧侶として自分を高める努力はもちろん必要ですが、教えを実践する現場を持たなければ、仏教のありがたい教えもただの空論になってしまいます」と、川原さんは説明する。
「私は、いつも『仏さまに動かされている』という感覚がある。やりなさいと言われるので、やらせていただくという感じです。ある意味、自分は使い捨ての駒だと思うと、少なくとも、保身からは遠ざかることができる。組織を守ることでいっぱい、という風には決してなりたくないのです」
社会活動を行いさえすればよいということでは、もちろんない。しかし、目の前に助けを必要とする人がいたら、駆け寄って支えずして、何のための宗教だろうか。目を開き、現し世を見つめることが、仏道の代え難き一歩なのかもしれない。