仏教者の活動紹介
世代を超えて集えるお寺を ―祐天寺―
(ぴっぱら2013年3-4月号掲載)
東京都心のターミナル駅から私鉄に乗ること5分。駅名となっている祐天寺駅のほど近くに、浄土宗祐天寺はある。この一帯は閑静な住宅街として知られる一方で、中目黒、自由が丘などおしゃれな町として近年人気のエリアにも近く、若い家族や単身者の人口も増えつつある。
町に漂う落ち着きと品のよさは、この古刹の存在に由来するものだろう。浄土宗寺院としては都内随一の規模である祐天寺は、広い境内を持ち、春ともなれば桜の名所として近隣の人に親しまれている。また、祐天寺は昭和10年開園の祐天寺附属幼稚園(戦時中中断し昭和29年境内地で再開)を運営。境内には拝観や散歩に訪れる人のほか、元気に駆け回る子どもたちの姿が絶えない。
平日の午前11時、幼稚園園舎の一室には12組ほどのお母さんと小さな子どもたちの姿があった。「はい、おつとめをしましょう」とエプロン姿で声をかけているのは、祐天寺の寺族、巖谷孝子さん。
もみじのような手をぱっと合わせて上手に合掌する子がいれば、お母さんに手を添えられながらようやく合掌できる子もいる。「なむあみだぶつ」と声をあわせてお称えをして、子どもたちは小さな頭を下げた。
◆親子がのびのび集える「居場所」を
祐天寺では8年前ほどから、1、2歳児とお母さんを対象とした「祐天寺親子のひろば」を始めた。これは週に一回、1クラス12組の親子が決まった曜日に集う、登録制の集いである。開始当初まばらだった親子の姿は口コミによりみるみる増え、今では開催日は週に4日、定員いっぱいの合計48組が参加している。大勢のキャンセル待ちが出るほどの人気ぶりだ。
ひろばの開設は、住職の巖谷勝正さんが0〜2歳の親子に寺を開放したいとの思いによる。京都にある浄土宗総本山知恩院で始められていた、親子のための教室「サラナ親子教室」を頼りとして、そのインストラクター養成講座を寺族らが受講して開設に至った。「この地域の若いお母さんたちは、別の場所から移り住んできた人も多い。だから同じように子育てをしている人と知り合いたい思っても、きっかけをつくるのはなかなか大変なようです。それでは居場所作りに協力できればと、そんな気持ちから始めました」と巖谷さんは語る。
親子が集うのは朝10時ごろから。10時半には僧侶を交えての合掌、念仏、法話などの「おつとめ」の時間が持たれ、活動開始となる。
その後は遊びやテーマ活動、季節の行事などが行われ、再び帰りのおつとめをして区切りをつけ、おやつや持ち寄ったお弁当を食べながらおしゃべりをして過ごす。13時半頃に解散、という流れだ。参加費は親子の保険料や工作などの材料費程度を設定している。
ひろばの特色は、時間をはっきりと区切らないで、なるべく親子がリラックスして過ごせるようにしたことだという。「始めてみて、幼児教室のように何かの活動をしてもらうということよりも、お母さん同士でゆったりとおしゃべりしたり、相談をし合ったりできることが喜ばれているんだということがわかりました」と孝子さん。この日集っていたのはいずれも2歳児。赤ちゃんを背負ったお母さん同士が、子どもを挟んで和やかに談笑している光景はほほえましい。孝子さんと祐天寺の僧侶を中心に、サラナインストラクターの資格を持つ数名のスタッフが親子を受け入れている。
会場は自然光の入る明るい一室だが、机には仏さまのお写真が飾られ、お花が供えられていた。部屋に入った瞬間、胸いっぱいに広がるのはお香のかおり。本堂のような本格的な宗教施設の雰囲気ではないが、そこが確かに仏教信仰に基づいた教化の場であることを、訪れた人は皆感じることだろう。朝のおつとめでは、子どもたちは木魚をたたきながらお念仏を称え、「ののさまに」を歌う。
参加者は仏教にとりわけ関心の強いお母さんばかり......ということもないだろうが、親子ともに仏教的な雰囲気と儀式を自然に受け入れているように見えた。
参加したお母さんの感想としては、「心が落ち着く・やすらぐ・ホッとする・すがすがしい気持ちになる」「慌しい日常やごたごたを忘れることができる」「道端のお地蔵さんやお寺の前を通るときも手を合わせるようになった」など。仲間ができる、子どもに関する相談ができるという子育てへの直接的なメリットに加えて、お母さんたちは目に見えないやすらぎを享受しているようだ。
◆仏教に触れる機会を
巖谷さんはかつて、幼稚園で行われている園児の本堂へのお参りの際に、「本堂がこわい」「お香のにおいがくさくていやだ」と嫌がる子がいることに気づき、ショックを受けたという。思えば、園児ばかりかその親の世代であっても、核家族化の進んだ時代に育ち、昔に比べればお寺へのお参りに連れられることも、宗教的なものに触れることも少なくなっていたことだろう。
「だからといって現代人が宗教によるやすらぎを必要としていないかというと、そうではありません。しかし、大人になってから仏教やお寺とご縁を結ぶことは容易ではない。そこで、小さい頃からの関わりが大切なのです」
祐天寺では「親子のひろば」のほかにも、小学1年生〜6年生を対象とした祐天寺日曜学校や、小学生から社会人を対象とするボーイスカウト・ガールスカウト活動などを、地域の人と手を携えて行っている。それぞれ個人が抱く信仰を奨励するスカウト活動では、僧侶が関わりを持つなかで、近年、念仏の信仰を抱く決意をした高校生もあらわれ始めた。また例年、大寒の時期に行われる「寒念仏こども大会」や、宿泊修行体験となる「少年少女精進道場」など、日ごろお寺の行事に関わっていない子どもたちも、自由に参加できる行事にも力を入れている。
今の日本では、幼いころまではお寺の幼稚園・保育園などで仏教に基づいた情操教育が行われているが、その後、一般の小学校・中学校と進学していくにつれて、み仏の教えとは縁がなくなってしまうことが多い。少し前に、「地獄」という絵本が、善悪を教えるため子どもに読ませたいとブームになったが、人間形成の大切な時期だからこそ、変わらない教えを伝える場として、祐天寺が取り組んでいるような教化活動が期待されている。
◆拠り所としてのお寺を
一方で、祐天寺では朝勤行をはじめ、ご詠歌の会や法話の日など、大人が参加できる行事も行われている。幼児から大人まで、世代によってお寺とのつながりが途切れないような工夫がなされているのは注目すべきことだろう。
教化の点から見れば、お寺の行事には継続的に参加してもらうことが望ましい。しかし、お寺は「高い敷居」が取り払われ、その人にとって親しみ、頼れる場所となることが大切で、そうあればこそいざというときの心の支えともなり得るのだろう。
「お寺はみなさんに場所を提供しているだけなんです。子どもたちの成長を願い、教化を続けているだけで、周りの人が協力してくれるようになります。多くの人の力を借りれば結果として活動を充実させることもできる。お寺に目を向ければ、いつも何かをやっていて、参加も可能。そうした状況を作り出すことが、信仰を持つ人を増やすことにつながるのではないでしょうか」
地域の人の声に耳を傾け、いわば「等目線」での公益的活動に取り組む巖谷さん。多くの若い仏教者が後に続き、教化の和を広げることを願ってやまない。