仏教者の活動紹介

悩みに寄り添い、自死を防ぐ

(ぴっぱら2011年9-10月号掲載)

第35回正力賞受賞者の活動 ―臨済宗妙心寺派大禅寺住職 根本紹徹さん―

自死者が減らない。統計資料によると、昨年の自死者総数は前年より減少したものの、13年連続の3万人超えとなっている。東日本大震災以降は被災地のみならず、社会不安から全国的にも自死者の増加が懸念されているほか、昨今の厳しい就職戦線を反映してか、大学生やこれまで少ないとされていた30代前後の若年層の自死者が急増している。

震災の犠牲者を上回る人数が毎年自ら命を絶っている。この現実を、私たちはどのように受け止めていけばよいのだろうか。

●生きるってなんだろう?

岐阜県関市にある臨済宗妙心寺派の寺院、大禅寺にて住職を務める根本紹徹さんが、インターネットのSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)を利用して承認制のコミュニティ「消えない人」を立ち上げたのは、2004年のこと。参加者は、現在では約460人。10〜40代の比較的若い世代が多い。

このコミュニティはいわば会員制なので、希望する人だけが閲覧・参加できるシステムになっている。ひと言で言えば、「死にたいという気持ちを、互いに話し合おう」という会なのだ。

「不思議じゃないですか、生き物としての本能に反して自分で命を絶つんですよ。なぜだろう、どうしてそう思うのだろうと、ずっと知りたい気持ちがありました」

そう語る根本さんがはじめて自死について意識したのは、小学5年生の時。よく遊んでもらった叔父さんの突然の訃報に接したのだ。また、高校時代、一緒に音楽活動をしていた親しい友人が卒業後に突然自死を選んだ。この同級生は、勉強もスポーツも万能、友達も多く、とても若くして命を絶ってしまうとは信じられなかったそうだ。

「何で死んだんだ」というやるせなさと、「生きるってなんだろう、人間の幸せって何だろう」という疑問は、その後も消えることがなかった。縁あって仏教の道を目指した根本さんは、岐阜県の正眼寺僧堂へ入門し、厳しい修行生活を送ることになる。

●自死だけは止めたい

数年にわたる僧堂での生活を終えた根本さんは、世俗生活復帰のリハビリを兼ねて、ファーストフードでのアルバイトを始める。修行生活とは異なる雰囲気の中、仲間に囲まれて仕事ができることに感謝する日々が続いた。しかし、アルバイト仲間と話すうちに、それぞれ人知れず、悩みを抱えていることがわかった。

「自分はこの修行生活を経て、何かが変わったのだろうか。今、自分には何ができるのか」そう考えていた根本さんは、じっくり皆の話を聞いていくことにした。

家族のこと、進路のこと、友人関係のこと......さまざまな話の中には、深刻なものもあった。自死だけは何としても止めたいと、こころの底から思った根本さん。「死ぬまでの辛さって、一体何だろう。自分を納得させてくれるほどの理由があるならともかく、本当はそうじゃないかもしれないのに、あなたと二度と話ができなくなるなんていやだ」根本さんは悩む人に、そう語りかけていった。

ちょうどその頃、インターネットで仲間を募っての集団自死が流行していた。こうした集まりにも参加して語り合う中で、「本当は色々言いたいけど、この人たちは話せる人がいなくて言えていないんだ。だから死にたくなるんだ」、そう気付いたという。こうして、コミュニティ「消えない人」の立ち上げにつながっていく。

●すべてが同時に救われている

根本さんは今、メールや電話、面接などによる月に300件ほどの相談を受けている。身体の調子を崩すほど休みなく相談を受けたこともあったが、今はセーブしている。しかし、相談に費やす時間が生活の中でかなりの比重を占めていることには変わりない。

「自分の時間を費やすことは、なぜか全然苦にならないんです。話をすることで『あの時、話さなかったら死んでいました』という言葉をたくさん聞くことができました。自分が一緒になって考えたことがよかったのかな......とホッとします。お坊さんにならなくても、きっと同じことをやっていたんじゃないかな」

自死を止められるなら、手段は何でもいい、と言う根本さん。メールでの相談は多くの人の悩みを受け止められるので便利だが、できれば会って話がしたいという思いは強い。ネット上を飛び出し、同じ悩みを抱える同士が直接会う「オフ会」は、東京をはじめさまざまな街で開催している。また、インターネットを利用して、動画を中継しながら皆で坐禅や読経を行う「ネット坐禅会」も、定期的に続けられている。この方法だと、離れた地域に住む人たちが同時に坐禅することができ、坐禅をきっかけに語らうことができる。お金もかからない。

ほかにも、たき火を囲んで話し合おう、というキャンプも年に1〜2回開催している。自死念慮者のコミュニティにて、キャンプという健康的な集いがなされていることに不思議な気もするが、遠く九州の方から欠かさず参加する人もいるそうだ。それだけ、信頼感を得ているということなのだろう。

()を探したり、水を汲んだり......それぞれが仕事を自発的に行うことによって、新たなエネルギーも生まれてくる。身体を動かすので悩む間もなくぐっすり眠れると、キャンプはいいことづくめのようだ。

「死にたくなるほど悩んでいる人は、皆、自分の悩み苦しみが最大だと思っています。でも、『消えない人』でほかの人たちの自己紹介文を読んでいくうちに、半数くらいの人は死にたいという気持ちが消えてしまうようです。『もっとすごい(境遇の)人がいる』と思うのでしょうね(笑)。自分もつらいけど、あの人もつらいんだと相手のことを考えることで、自分はどうするべきなんだろうと、冷静に今後を考えることもできるのではないでしょうか」

私たちが悩んでいる時につらいのは、出口が見えなくなるような閉塞感にとらわれてしまうことだ。そんな時、愛情を持って寄り添い、客観的に意見を言ってくれる「誰か」がいれば、風穴があけられてふっと楽になれる。根本さんの言葉は、そして「消えたい人」のコミュニティは、そんな役割をうまく果たしているように思える。

精神的にも肉体的にもハードに思われる根本さんの活動だが、お話をするご本人からは不思議なほどに気負いが感じられない。

「ぼくは『すべてが同時に救われている』と思うんです。相手の『ありがとう』に、自分自身も救われています。してあげているという気持ちでは、どこか曲がってしまいますよね。だから続けていけるんだと思います」

「消えない人」のイベントに参加していた人同士が親しくなり、このほどめでたく結ばれた、という話を根本さんは嬉しそうにしてくれた。続けるうちには、嬉しいニュースもある。壮絶な境遇を持ったお二人だったそうだ。

「一歩踏み出すことによって、人生が転換することもありえます。道のりはそれぞれですが、そのためにはとりあえずコミュニケーションしていくことから始めて、相談者の物の見方や価値観を変えるきっかけを提供できれば」「明るい自死防止の活動をしていきたい」と、根本さんは続ける。

死ぬことを真剣に考える人は、少なくとも、どの人よりも真剣に生きている人。そこまで考えているのに、死んじゃうなんてもったいない。そう語る根本さんの姿勢は、おおらかに我が子に接する、父親のようでもある。厳しいことも言うが、困ったときには決して見放さない。

「人に対する興味が尽きない」と語る根本さん。今日も等目線で、悩む人に語りかけている。

世代をつなぎ、地域を結ぶ ―NPO法人鎌倉てらこや― 地域子ども会・日曜学校とともに50年