仏教者の活動紹介

世代をつなぎ、地域を結ぶ ―NPO法人鎌倉てらこや―

(ぴっぱら2011年7-8月号掲載)

第35回正力賞受賞者の活動

「鎌倉の子どもたちは幸せだなぁ」そんな感想が、思わず漏れ出る。NPO法人鎌倉てらこやが開催している、恒例の夏合宿「本気de建長寺」を訪れた時のことだ。子どもたちは、外での共同制作作業の合間にも、大学生のお兄さん、お姉さんたちにまとわりつき、あちらこちらで談笑の輪ができている。お兄さんに肩車をしてもらってご満悦の男の子たち。「おれも〜」と、方々から手が伸びる。

合宿に参加するのは、神奈川県鎌倉市をはじめ、近隣から集まってくる小学生から中学生までの子どもたち。対して世話役となるのは、地域の大人と、早稲田大学をはじめ、近隣の大学に所属する大勢の大学生ボランティアである。昨年は、大人と子どもあわせて総勢200人の大合宿となった。

子どもたちの傍らでは、Tシャツ姿の男性たちが手伝いに汗を流している。休日に開催される合宿には大勢のお父さん、お母さんたちも手伝いに来ていた。大人からも子どもからも、お祭りの日のような、高揚した空気が伝わってくる。蝉時雨の中、土の湿った香りが立ち込める建長寺の裏山は、この日、ひときわにぎやかな声に包まれていた。

●「てらこや」の成り立ち

鎌倉てらこやが誕生したのは、今から9年前の2003年のこと。日本で初の不登校の子どものための認可校、生野学園を開校した精神科医の森下一氏の提唱で始まった。森下氏は、3000人もの不登校の子どもと向き合う中で、彼らに共通して欠けているものは「感動体験」、そして、こんな人になりたいと子どもたちが目標としていくような「よき人との出会い」であることを発見したという。

親だけでなく、学校の中だけでもなく、多くの大人たちの中で、仲間に囲まれながら子どもが育つことを理想とする古くからの鎌倉の民俗に学び、こうした「複眼の教育」を目指して、本格的にプロジェクトが発足した。

鎌倉の青年会議所や地域の協力者が、かねてより子ども会や、子ども対象の禅合宿を行っていた臨済宗大本山建長寺の高井正俊宗務総長(当時は教学部長)に相談したところ、「すぐにでもやりましょう」と、2つ返事で協力を快諾。とんとん拍子に話は決まり、その年の8月に、第1回目となる2泊3日の合宿が催されることになった。

運営には、かねてよりこの活動の設立に関わっていた早稲田大学教授の池田雅之さん、そして、池田さんのゼミの大学生ボランティアが参画することとなり、合宿「本気de建長寺」は、若い学生たちの企画力により始動することとなった。

教育再生への熱い思いを抱く地元の有志、伝統ある場の力を活用して思いに答えたいとするお寺、そして、実働部隊となる若き力の三者が、幸運な出会いを果たした瞬間だった。

●育てあい、育ちあう場

夏の合宿からスタートした「てらこや」のプロジェクトは、多くの賛同者を得ながら、毎年徐々に形を変え展開していく。

浄土宗大本山光明寺でも、別の合宿が行われることになり、合宿は年2回に。また、遊びと体験学習のプロジェクトが定期的に開催されるようになる。資金は、助成金や寄付によりまかなわれている。

定例の催しは、地域と、地域の寺社等を会場としながら、地元鎌倉に縁の深い協力者によって指導が行われている。陶芸家の協力を得て行われる陶芸体験「土と遊ぼう」や、里山保全活動を行うNPOの協力による、田植え作業などの稲作体験と自然観察を行う「めざせ!里ヤマスター☆」。そして、臨済宗大本山円覚寺を会場として行われる朗読教室「朗読の楽しみ」など、バラエティ豊かな催しを、年間に数十回もの頻度で開催している。

週に一日は、なんらかの催しが開かれている計算となるが、これらの運営にあたるのも大学生たちだ。普段の生活や、学校ではなかなか味わえない「感動体験」に加えて、「てらこや」の友達や大学生のお兄さん、お姉さんと会えることを、子どもたちは楽しみにしていることだろう。

「『てらこや』は、学生にとっても大いなる学びの場になっています」そう語るのは、学生を率いる池田さん。設立当初から池田ゼミの学生たちは、さまざまな事業の企画・運営を、中心となって担ってきた。池田ゼミからは、2年生から4年生までの60名ほどが現在参加している。特に、3年次、4年次になると、通年事業のリーダーや、各セクション全体を統括する役回りとして力を発揮することになる。

こうした経験による学びもさることながら、「学生自身も、大勢の人たちの中で揉まれて育ってきた世代とは言えません。子どもたちの世話をしているようで、実は子どもに気づかされること、成長させられることも多いのではないでしょうか」池田さんはそう続ける。育てあい、育ちあう場。「てらこや」の活動は、活動を重ねれば重ねるほど、相乗的にその教育的効果を増していくようだ。

●全国に広がる「てらこやネットワーク」

「てらこや」の協力者には、地元行政の代表者、大学関係者、支援企業・団体に加えて、鎌倉地域の寺社・教会がずらりと名を連ねている。

恵まれた自然環境と、鎌倉五山をはじめとする多くの寺社仏閣を擁する鎌倉は、芸術家にも愛され、文化の香り高い町としても知られている。合宿「本気de建長寺」では、坐禅や食作法といった伝統ある仏教の修行を、子どもたちと学生、大人たちが一緒に体験する。宗教施設のもつ荘厳な場の力を、そしてその精神性をいただくことは、子どもたちや若者のこころに、目には見えない大切な種をまくことになるだろう。

現在の仏教界を見渡してみても、寺院同士は、同宗派での結びつきがことのほか強い。しかし、鎌倉では「超宗派」どころかキリスト教会なども含めた「超宗教」で、宗教施設が次世代育成のための体感教育に取り組みたいという一念により手を携えている。これは実に画期的なことと言えよう。こうした動きが、近年では全国にも波及し始めている。

「全国てらこやネットワーク」(略称「てらネット」)と名づけられたこの連帯は、鎌倉での実績やノウハウを踏まえ、現在ではおおよそ20か所以上の市町村で、寺社等を拠点とした地域ぐるみの取り組みとして行なわれている。違う地域の「てらこや」の子どもたちが交流し、その成果を全国に発信することで、地域の多様性を体感できる生きた教育の輪を広げたいと、関係者の夢はさらに膨らんでいる。

また、「てらこや」開設当初からの念願であった、常設の子どもの居場所「てらハウス」が、一昨年、鎌倉市内に開所した。ここには子どもが安心して集うことができる上、子どもたちが自ら考え、思いを実現させていく「創発事業」を行う拠点として、今後もますます発展的に活用される予定だ。

今、仏教寺院は、全国に約7万カ寺以上存在している。「寺子屋」としてかつて機能していた寺院の教育的側面を現代に復活させ、地域と若者たちの実行力を加えた「てらこや」の取り組みは、後継者不足に悩む寺社の日曜学校・子ども会においても、新たな協働モデルとして参考になるところではないだろうか。

「お寺だけで何か活動を行おうとすると、人材的にはなかなか難しい。それならば、お寺という場を提供して、一緒に何かをすればいい。お寺は地域にあるのだから、結果的に、地域の人にお返しができればいいのでは」

建長寺の高井正俊宗務総長が語ったこの言葉は、まさに今後のお寺の可能性を示唆しているようだ。子どもが育ち、大人も育つ。地域における理想的な循環が、いま、ここ鎌倉から発信されている。今後のさらなる活動の広がりに期待したい。

「創作劇で地域を結ぶ」 ―徳応寺日曜学校― 悩みに寄り添い、自死を防ぐ