仏教者の活動紹介

「現代版寺子屋」のいま

(ぴっぱら2010年11-12月号掲載)

第34回正力賞受賞者の活動〈青年奨励賞〉 ―救世観音宗住職 安武隆信さん―

●子どもの寺・童楽寺

JR和歌山線笠田()駅に降り立ち、駅前から高野山の裾野を貫いて走るバスに揺られて30分ほど。周囲を豊かな山の緑に囲まれた集落の中に、子どもの寺・童楽寺はある。童楽寺が落慶したのは平成19年7月のこと。古民家を改築した本堂の軒下には万国旗が巡らされ、童楽寺と書かれた提灯を目にすることがなければ、一見してここがお寺だと気づく人は少ないだろう。

お寺としての重厚な趣が薄い分、人のこころを和ませる優しさや親しみやすさが伝わってくる。子どもたちがふと中をのぞき込みたくなってしまうような、何が出てくるか分からない玉手箱のような存在、それが童楽寺である。

住職の安武隆信さんと副住職の小林裕淳さんは、高野山専修学院で修行を共にした同年代の仲間だ。二人とも在家の身でありながら、それぞれの思いの中で発心し、この世界に飛び込んできた。修行を終えてからは、高野山の宿坊勤めや四国遍路の先達などをしながら、数年の時を経て童楽寺建立へとたどり着く。

「子どもたちが児童虐待などの厳しい環境に取り巻かれる中で、お寺や僧侶が果たすべき役割があるのではないかと思いました。現代版の寺子屋を作りたかった」と、新寺建立のきっかけについて安武さんは語る。子どもの環境に目を向けるようになったのは、四国遍路の先達をしていた際に出会った妻の()さんと結婚し、子宝を授かったことが大きく影響したようだ。

小林さんと相談した上で、自分たちの貯金を元手に、銀行からの融資も受けて、実家のあるかつらぎ町の築百年の古民家を買い受けた。改装にあたっては、建築を専門とする和歌山大学の教員や学生の協力も得ることができたという。また、仏具店も青年僧二人の活動を支援するために、必要な仏具を安価で納めてくれたそうだ。

●里親プログラム

二人が現代版寺子屋の一環としてまず取り組んだのが、和歌山県から認定を受けての養育里親だった。里親制度は厚生労働省が進める施策の一つで、虐待やその他の理由によって家庭での養育が困難な子どもを社会的に養護する制度である。社会的養護は施設養護と家庭養護に大別され、これまでは施設養護に重点が置かれてきた。しかし、児童虐待件数の増加などにより、施設での充分な対応ができなくなってきており、現在では家庭養護としての里親制度の普及に力をそそいでいる。

童楽寺には現在、里親制度のもとで生活している高校生が一人。そのほかに、家族の勧めによって滞在している小学生が一人いる。安武さん自身の子ども二人を含めて、合計四人の子どもが寝食を共にしている。寺に来る経緯は異なれ、子どもたちはそれぞれに虐待や不登校などを経験している。これまでの生活環境から離れ、童楽寺で集団生活をし学校へ通うことにより、心身の回復と成長をめざしている。

「養護施設では職員が交代制で子どもたちに接していますから、『いってらっしゃい』を言う人と『おかえりなさい』を言う人が違うんですね。家族にはなれないんですよ」と、安武さんは施設養護の限界を口にする。こころに傷を負った子どもたちとの接し方については、「話をしっかりと聴いてあげることが大切です。虐待を受けてきた子どもは、怒られるとビクビクするだけで効果がありません。安心して生活できる環境を作ってあげることですね」と語る。

子どもたちは朝5時30分に起床し、お勤めを行った後、朝ごはんを食べて学校へ向かう。学校から戻ると、担当の場所の掃除を行い、続いて勉強の時間。夜は入浴と食事、就寝前のふりかえりをおこなって一日が終了する。童楽寺は子どもたちにとって修行の場ではないが、ある程度決められたスケジュールの中で規則正しい生活を送ることは、不規則な生活が当たり前だった子どもたちにとって、とても大切なことだという。

小林さんは「さまざまな事情を抱えている子どもであっても、大人には大人の責任と義務があり、子どもにも子どもの責任と義務があると伝えること。きっちりと線引きをすることが大切です」と語る。

●ボランティアによって支えられる活動

童楽寺のあるかつらぎ町は、過疎化対策として25年ほど前から都会の子どもたちの山村留学を進めてきた。その経験が童楽寺の寺子屋運営にも大いに助けとなっている。これまでに山村留学の受け入れ先となってきた地域の人たちが、ボランティアとしてさまざまな面で支援をしてくれているのだ。現在は10代から70代までのボランティア十数名が活動の一部をそれぞれに担っている。また、寺のホームページのボランティア募集広告を見て、全国からボランティアが集まってくる。

ボランティアからは次のような声が聞かれる。「70歳近くなって人から必要とされるということが自分の生き甲斐になっているんですよ」「子どもたちと接しているといろいろなことを教わります。エネルギーといやしをもらっています」

童楽寺は、子どもたちにとっての寺という側面ばかりではなく、地域の世代間交流や生きるエネルギーを生み出す場として大きな役割を果たしているようだ。

安武さんは、「僕たちは歳が若いので知らないことがたくさんあります。経験豊かなボランティアさんからいろいろなことを教えてもらい、そのことを子どもたちに伝えていく。それが真の意味での世代間交流ではないかと思います」と語る。

お寺は、住職の家族のみならず、地域社会のさまざまな人が集う空間である。おじちゃんやおばちゃんたちの多くの目が注がれることによって、子どもたちは孤独感を感じることなく、人とのつながりを感じながら安心して暮らすことができる。お寺の最大の利点がそこにあるのだろう。

●さまざまな体験プログラム

童楽寺では現代版寺子屋活動の一環として毎月一度、一般の子どもたちも参加する体験型イベントも開催している。プログラム作りは主に小林さんの担当だ。

1年間のスケジュールを見てみよう。

1月「書き初め写経大会」、2月「西国巡礼ツアー」、3月「ぼたもち作り体験」、4月「花の種まき体験」、5月「野菜の種まき体験」、6月「梅干し作り・はんごうカレー夕食体験」、7月「うちわ作り・川遊び体験」、8月「お香作り・数珠作り体験」、9月「お手紙作り・おはぎ作り体験」、10月「秋の収穫体験」、11月「西国巡礼ツアー」、12月「しめ縄作り体験」

このほか「プチ一休さん体験」と名付けて、随時子どもたちを受け入れるプログラムや、子育てを中心とした悩み相談「童楽寺サロン」を月1回開催している。

安武さんは、子どもたちに対する思いと今後の抱負について次のように語る。

「人を信じるこころを伝えていきたい。特別なことではなく、ありがとう、ごめんなさいと自然に言えるこころを培いたいと思います。青少年の不登校や引きこもり、犯罪などについて連日のように報道されており、家庭や学校、法律上の問題が議論されています。そのような環境の中で、お寺や僧侶に少しでも次世代を担う青少年の教育のお手伝いをさせてもらいたい。人と人とのつながりを深めていく寺子屋作りを行っていきたいと思います」

二人の青年僧のチャレンジによってスタートした子どもの寺・童楽寺は、地域内外の多くの人に支えられながら、日々その足取りを確かなものとしていっている。今回の青年奨励賞の受賞を受けて、より一層、現代版寺子屋の存在意義を社会に示していってくれるに違いない。

出会い・ふれあい・学びあい 「創作劇で地域を結ぶ」 ―徳応寺日曜学校―