仏教者の活動紹介

「現代版寺子屋」をめざして ―子どもの寺・童楽寺

(ぴっぱら2009年2月号掲載)

2人の青年の発心

JR和歌山線笠田駅に降り立ち、駅前から高野山の裾野を貫いて走るバスに揺られて30分ほど。周囲を豊かな山の緑に囲まれた集落の中に、「子どもの寺・童楽寺」はある。童楽寺が落慶したのは平成19年7月のこと。生まれてまだ1年半の、まさに歩き始めたばかりの子どもの寺だ。
古民家を改築した本堂の軒下には万国旗が巡らされ、童楽寺と書かれた提灯を目にすることがなければ、一見してここがお寺だと気づく人は少ないだろう。お寺としての格式張った趣が薄い分、人のこころを和ませる優しさや親しみやすさが伝わってくる。子どもたちがふと中をのぞき込みたくなってしまうような、何が出てくるか分からない玉手箱のような存在、それが童楽寺である。
住職の安武隆信さんと副住職の小林裕淳さんは、高野山専修学院で修行を共にした同年代の仲間。2人とも在家の身でありながら、それぞれの思いの中で発心し、この世界に飛び込んできた。修行を終えてからは、高野山の宿坊勤めや四国遍路の先達などをしながら、数年の時を経て童楽寺建立へと辿り着く。
「子どもたちが児童虐待などの厳しい環境に取り巻かれる中で、お寺や僧侶が果たすべき役割があるのではないかと思いました。現代版の寺子屋を作りたかった」と、新寺建立のきっかけについて安武さんは語る。子どもの環境に目を向けるようになったのは、四国遍路の先達をしていた際に出会った妻の史さんと結婚し、子宝を授かったことが大きく影響したようだ。
小林さんと相談した上で、自分たちの貯金を元手に、銀行からの融資も受けて、実家のあるかつらぎ町の築100年の古民家を買い受けた。改装にあたっては、建築を専門とする和歌山大学の教員や学生の協力も得ることができたという。また、仏具店も青年僧2人の活動を支援するために、必要な仏具を安価で納めてくれたそうだ。

里親プログラム

2人が現代版寺子屋の一環としてまず取り組んだのが、和歌山県から認定を受けての養育里親だった。里親制度は厚生労働省が進める施策の1つで、虐待やその他の理由によって家庭での養育が困難な子どもを社会的に養護する制度である。
童楽寺には現在、里親制度のもとで生活している小中学生が2人いる。そのほかに、家族の勧めによって滞在している子どもが2人。寺に来る経緯は異なれ、子どもたちはそれぞれに虐待や不登校などを経験している。これまでの生活環境から離れ、童楽寺で集団生活をし学校へ通うことによって、心身の回復と成長をめざしている。
「養護施設では、職員が交代制で子どもたちに接していますから、"いってらっしゃい"を言う人と "おかえりなさい"を言う人が違うんですね。家族にはなれないんですよ」と、安武さんは施設で養護することの限界を口にする。こころに傷を負った子どもたちに対しては、「話をしっかりと聴いてあげることが大切です。虐待を受けてきた子どもは、怒られるとビクビクするだけです。安心できる環境を作ってあげることですね」と、その接し方について語る。
子どもたちは朝5時半に起床し、お勤めを行った後、朝ごはんを食べて学校へ向かう。学校から戻ると、担当の場所の掃除を行い、続いて勉強の時間。夜は入浴と食事、就寝前のふりかえりを行って一日が終了する。童楽寺は子どもたちにとって修行の場ではないが、ある程度決められたスケジュールの中で規則正しい生活を送ることは、不規則な生活が当たり前だった子どもたちにとって、とても大切なことだという。
小林さんは「さまざまな事情を抱えている子どもであっても、大人には大人の責任と義務があり、子どもにも子どもの責任と義務があると伝えること。きっちりと線引きをすることが大切です」と語る。

ボランティアによって支えられる活動

童楽寺のあるかつらぎ町は、過疎化対策として25年ほど前から都会の子どもたちの山村留学を進めてきた。その経験が道楽寺の寺子屋運営にも大いに助けとなっている。これまでに山村留学の受け入れ先となってきた地域の人たちが、ボランティアとしてさまざまな面で支援をしてくれているのだ。現在は10代から70代までのボランティア17名が活動の一部をそれぞれに担っている。
ボランティアからは次のような声が聞かれる。
70歳近くなって人から必要とされる。それが生き甲斐になっているんですよ」「子どもたちと接しているといろいろなことを教わります。エネルギーといやしをもらっています」
童楽寺は、子どもの寺という側面ばかりではなく、地域の世代間交流や生きるエネルギーを生み出す場として大きな役割を果たしているようだ。
安武さんは、「僕たちは年が若いので知らないことがたくさんあります。経験豊かなボランティアさんからいろいろなことを教えてもらい、そのことを子どもたちに伝えていく。それが真の意味での世代間交流ではないかと思います」と語る。
お寺は、住職の家族のみならず、地域社会のさまざまな人が集う空間である。おじちゃんやおばちゃんたちの多くの目が注がれることによって、子どもたちは孤独感を感じることなく、人とのつながりの中で安心して暮らすことができる。お寺の最大の利点がそこにあるのだろう。
不登校を経験した中学生の男の子は、「ずっと学校を休んでいたので、もっと前からがんばっていればよかったなと、お寺に来てから思いました」と、心境の変化について語る。
彼の母親もまた「環境が子どもに合っていたのではないでしょうか。自分の子ではないのではないかと思うほどしっかりしました」と感慨深げに話をする。

里親プログラム

童楽寺では現代版寺子屋活動の一環として、毎月1度、一般の子どもたちも参加して、体験型イベントを開催している。プログラム作りは主に小林さんの担当だ。
1年間のスケジュールを見てみよう。
1月「書き初め写経大会」、2月「西国巡礼ツアー」、3月「ぼたもち作り体験」、4月「花の種まき体験」、5月「野菜の種まき体験」、6月「梅干し作り・はんごうカレー夕食体験」、7月「うちわ作り・川遊び体験」、8月「お香作り・数珠作り体験」、9月「お手紙作り・おはぎ作り体験」、10月「秋の収穫体験」、11月「西国巡礼ツアー」、12月「しめ縄作り体験」
このほか「プチ一休さん体験」と名付けて、随時子どもたちを受け入れるプログラムも実施している。
安武さんは、子どもたちに対する思いと今後の抱負について次のように語る。
「人を信じるこころを伝えていきたい。特別なことではなく、ありがとう、ごめんなさいと自然に言えるこころを培いたいと思います。お寺や僧侶として、少しでも次世代を担う青少年の教育のお手伝いをさせてもらいたい。人と人とのつながりを深めていく寺子屋を作っていきたいと思います」
歩き始めたばかりの「子どもの寺・道楽寺」。これからも多くの人たちに支えられながら、子どもたちと共に成長をとげ、現代版寺子屋の存在意義を社会に示していってくれるだろう。(J)

(ぴっぱら2009年2月号掲載)
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