災害緊急支援
2024.03.04
能登災害支援-必要とされるいのちのケア
1月1日の能登地震発生から2カ月が経とうとしています。石川県庁の発表によれば、この地震によりお亡くなりになった方は241人(内、災害関連死15名)、負傷者1842人、行方不明者11人、被災住家屋6万5581棟に及ぶと報告されています(2月13日時点)。また、各市町で開設されている1次避難所への避難者は6934人、県が開設する1.5および2次避難所への避難者は、それぞれ182名、5227人となっています。県外への避難者を合わせると、3万5000人の方々が避難生活を送っていらっしゃいます。
▼▼ 被災地の状況
全青協では、発災から10日経った11日から4日間、石川県の被災地に入り、会員寺院や関係者のお見舞い、各次避難所の開設状況についての調査、県社会福祉協議会・市社会福祉協議会や災害復興本部を訪問しての災害全容の把握と緊急・復興支援のための情報収集などを行いました。
金沢から能登・輪島方面へ向かう能登さとやま海道は、緊急車両指定証がなくとも支援車両であれば通行できる状況とはなっていました。しかし、半島中部の徳田大津インターチェンジから先は、被害が大きく通行止めのままとなっていました。悪路は慣れているつもりでしたが、前が見えないほどの北陸の猛吹雪に遭い、亀裂や段差が全く見えない状況の中で、半日ほど緊張が続く時間を過ごし市まで辿り着きました。
羽咋市ではや墓石が倒壊した被災寺院をお見舞いし、市役所と社協及び併設の避難所を訪問しました。数日前から避難者の中に発熱者が増え、コロナやインフルエンザ等の感染症への罹患が疑われることもあり、社協の責任者はほぼパニック状態のようでした。国内外の被災地を巡ったこれまでの経験から、復興へのタイムライン(時間軸)を説明し、被災した方々のトラウマやグリーフのケア、そして回復までのプロセスについてお伝えすると、次第に安心したのか笑顔が戻ってきました。
災害時のトラウマは、非日常の経験と将来への不安などによって回避・麻痺・再想起等の反応として現れます。地震や津波によって、突然、非日常の世界へ放り込まれ、電気や水道もない中、これから先どのような状況になっていくのかという不安がトラウマ反応を生じさせます。行政のスタッフといえども、被災者であることに変わりはなく、被災者自身が、職務ではあっても被災者支援に力を尽くすことは困難です。
実はこれと同じ状況が、石川県庁内に設置された災害対策本部、石川県の社会福祉協議会でも起こっていました。霞が関から派遣されてきた各省庁の官僚も含めて、先の見えない状況から今何をすべきなのか、状況を好転させていくための関係機関や関係者のコーディネーション、オペレーションをとるべきなのか、途方に暮れているような印象を強く持ったのでした。
災害時には自助・共助・公助が必要とされると言われています。しかしながら、被災者自身ができることには限りがあります。ましてやこころの傷・トラウマを抱えている場合には、使命感に駆られて無理に頑張ることが、PTSDの発症を促し死に至る場合さえあるのです。災害直後には外部からの善意の第三者による支援がどうしても必要となるのです。今回の震災では発災当初、県知事が県外に滞在していたこともあり、初動の対応が遅れたため、未だに復興までのタイムラインさえ示すことができていません。
▼▼全青協の支援計画
全青協としては、「子どもたちに豊かな地球をつなぐキャンペーン」を実施している関連2団体(全日本仏教婦人連盟、日本仏教保育協会)と共に、①不足している物的な緊急支援 ②トラウマ&グリーフケアについての講習会の開催 ③こころのケアに関するガイドライン冊子の配布 ④定期的な炊き出しやイベントの開催 ⑤経済的な困窮状態にある生徒への奨学金の供与――等を順次実施していく予定です。復旧・復興までには、多くの時間が掛かることと思います。ご関係の皆様には、中長期の視野でご協力頂きます様お願い致します。