災害緊急支援

2017.01.26

被災地の子どものこころのケア ―トラウマケアのあり方について知る

神仁・久間泰弘

 この度、熊本で発生した大地震により犠牲となった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。また、被災した方々が一日も早く平常の生活を送ることができますよう祈念いたします。
 被災地では10万人を超える方々が、着の身着のままで避難生活を送っており、その中には多くの子どもたちも含まれています。災害弱者とも呼ばれる子どもたちの「こころのケア」のために、東日本大震災の経験から学んだ被災時の「トラウマケア」のあり方についてご紹介したいと思います。

◆トラウマとは
 「トラウマ」(心的外傷)とは、災害時などの非常に衝撃的な出来事を体験したことによって、不安や恐怖が高まり、その時の情景や恐怖感が強く脳裏に刻み込まれることを指します。トラウマ体験の記憶はその後、さまざまな心身の不調を引き起こすことがあります。「フラッシュバック」と呼ばれる現象はそのひとつで、まさにいま体験しているような感覚が勝手に生まれ、それは何度も繰り返されます。 
 トラウマ反応は症状を伴いますが、病気ではありません。あくまでも「反応」です。二度と傷つかないように自分自身を守ろうとする中で生まれる自然な反応なのです。
よく見られるトラウマ反応としては、次のようなものがあります。
①トラウマの再体験:自分では意図せずにトラウマ体験の記憶が蘇ってくる反応
・トラウマ体験の夢や悪夢を見る
・トラウマ体験を思い出させるものごとに接したときに、強い心理的苦痛や身体の反応を起こす
・フラッシュバック
・体験した衝撃的なシーンを遊びの中で繰り返し再現する(地震ごっこ、津波ごっこ等)
②回避・麻痺:トラウマ体験を思い出すことによる苦しさから逃れようとして起こる反応
・衝撃的な出来事を思い出させるものを避ける
・ボーッとなる
・楽しめていたことを楽しいと思えなくなり引きこもり気味になる
③過覚醒:再び傷つくことを避けるために自分自身を守ろうとする反応
・不眠(ひどい寝ぼけなども)
・ものごとに集中することが困難になる
・怒りっぽくなる、イライラする
・ちょっとしたことで過剰に驚いたりする
 子どもは大人よりもトラウマを受けやすいことが知られています。同時に、安心できる環境を整えれば回復が早いことも知られています。しかし子どものトラウマ反応は、大人のそれよりもわかりにくい場合があります。極度に怖がっている様子を表に出す子どもがいる一方で、普段と様子がまったく変わらないので「しっかりしている」と評価され、傷つきの程度を見過ごしてしまうことがあります。
 子どもの場合には、自分の中に湧き起こるいろいろな気持ちを認識したり言葉で表現することが上手くできないので、行動の変化として現れることが一般的です。たとえば、極度に落ち着きがなくなる、勉強に集中できない、すぐに喧嘩をする、いじめをする、反抗的になる、などです。「赤ちゃん返り」もよく見られる現象です。
 また、子どもは体験した衝撃的なシーンを遊びの中で繰り返すことがあります。遊びという形で「トラウマの再体験」が現れるのです。「地震ごっこ」や「津波ごっこ」など、積み木や砂場で建物などを造っては壊す、といった遊びを繰り返すことがあります。大人としてはその様子が心配になるかも知れませんが、これは「再体験」反応の一つであり、本人が好んでやっていることではないことを理解する必要があります。こうした場合、周囲の人は状況を静かに見守る姿勢が大切です。

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◆トラウマケア=つながりの回復へ向けて
 「トラウマ」というと、まるで消せない傷のような印象を持つ人がいるかもしれませんが、決して固定的なものではありません。ほとんどの場合、それらの強度や頻度は時間経過とともに自然に減少していきます。しかし、トラウマ反応が著しいために日常生活に支障をきたすような状態が1か月以上続くとPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断される可能性もあり、専門家(医師等)へつなぐことが必要となります。
 トラウマは、「自分が信頼できる存在を見い出せない状態」と言えますが、回復は十分に可能です。それは「自分が信頼できる人や関係性」を取り戻すということです。その回復を助けるのは、「トラウマケア」です。トラウマケアとは、トラウマ反応が出ている人に対し、現実的な不安を解消するための情報や具体的な援助を通し、本人の自然の回復を待つ支援方法です。ケアを行う場合は、ケアを受ける子どもに「自分は信頼できる人に支えられている」という安心感を持ってもらう同時に、再び自分の力を感じられるようにすること(エンパワメント)を意識する必要があります。たとえば、「いつもはどのようにやっていたの?」と尋ねてからその方法を行ってもらうだけでも、「今の不安定な自分」と「それまでの信頼できる自分」とのつながりを取り戻す助けとなりますし、自分の力を確認することにつながります。
 子どもは周囲の大人や初めて出会うボランティアスタッフに、「衣食住」や身心の状態について親身に心配してもらう経験など、人と人との温かい心のふれ合いを感じることによって、自分の力を再び実感することができるようになります。
 回復のキーワードは「つながり」であると言えます。それまでの自分とのつながり、人とのつながり、自然(世界)とのつながりを実感できることが、トラウマからの回復を支えるのです。

◆評価をしないこと=いのちの力を信じる
 トラウマ体験を持つ子どもたちと接する際に最も留意すべきことは「評価をしないこと」です。回復のプロセスにいる子どもたちは、生活のすべてが精一杯の状態です。そこに「がんばって」などと言われると「がんばりが足りない」という評価とも受け取ってしまい、苦しくなることもあります。ありのままに寄り添うことが支援者としての適切な姿で、必要とされることを穏やかに安定感をもって提供することが大切な姿勢です。
 支援する側は、トラウマに関する基本的な知識や情報を知っておくことが重要です。それは、評価をするためではなく評価することを回避するためです。不適切な助言などの二次被害(トラウマ体験後の人とのやりとりの中でさらにトラウマを受けること)を避けるのと同時に、トラウマからの回復の中でもっとも重視すべき「本人のペース」
を尊重するという意味もあります。
 同じ震災を体験しても回復のプロセスはそれぞれ異なります。自分なりの回復のプロセスを踏んでこそ、「自分への信頼感」を取り戻すことができるのです。支援者や周囲の大人は、「子どもを変えようとしない」「誘導しない」ことの大切さを知り、子どものいまのありのままの状態に寄り添うことが重要です。
 たとえば、話を聴いてもらいたい子どももいれば、少し距離をおいて見守ってほしい子どももいるでしょう。安心できる環境でただ一緒に遊ぶことが最適な支え方である場合も多いものです。とくに注意したいのは、トラウマ体験について「語る」時のことです。本人が話したい時に話したいことを話せる環境づくりはとても大切ですが、「本人のペース」を尊重せずにトラウマ体験の「語り」を引き出すことは避けるべきです。本人が望まないタイミングで語りを誘導させることは、再びトラウマ体験を強制させるような二次被害を与えることもありますので十分に注意してください。
 日本は災害列島だと言われます。いつどこで大規模な自然災害が起こるかわかりません。トラウマケアについて知ることは、すべての子どもたち、そしてすべての人びとのこころの安寧につながることだということをご理解ください。_

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ネパール大震災支援活動報告 熊本地震から9ヵ月ー子ども支援活動のご報告
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