自殺問題について考えるシンポジウム

2007.10.22

自殺問題について考えるシンポジウム -日本におけるEngaged Buddhism(社会に関わる仏教)の可能性を探る

"生きたい... でも生きられない"
その思いに、仏教者はどう応えるか?

10月22日、横浜市神奈川区の孝道山大黒堂会館で、自殺について考えるシンポジウムが開催された。このシンポジウムは、「日本における Engaged Buddhism の可能性を探る」というテーマの一環として開かれたものである。Engaged Buddhism とは、個人の内的な救いや悟りを目指すとともに、さまざまな社会問題に対して積極的に関わろうとする仏教運動である。

自殺問題は現代日本社会における喫緊の課題のひとつだ。近年、自殺者の数が急増し、9年連続で3万人を超えるという異常な事態が続いている。この問題に僧侶・仏教者はどのように関わっていくことができるのか。人生の道しるべを示し、生死の問題に真摯に向き合うべき仏教・寺院・仏教者が、具体的にどのように関わることができるのか。このシンポジウムでは、その方法が探られた。

死にたくて自殺する人はいない

シンポジウムは3部構成。第1部の藤沢克己さんの発題からシンポジウムは始まった。藤沢さんは、自殺念慮者からの電話相談などをはじめ、さまざまな自殺防止のための活動を通じて学んだこと、気づかされたことなどを報告し、これから自殺防止のための活動をはじめたようと考えている寺院・僧侶への提言を行った。

藤沢さんにとっては、自殺念慮者の声、また自死遺族の体験談を聞いて実態を知ることがすべての出発点であり、あらゆる対策の基盤となるものであった。そうした活動を続ける中で確信したのは、「死にたくて自殺する人はいない」ということだ。自殺念慮者の「死にたい」といういう心の叫びの奥には、本当は生きていたいという気持ちが潜んでいると断言する。この「生きたい」という気持ちに気づいて、それに応えることこそが、自殺を思いとどまらせるのに最も重要なことであろう。

「死にたいという気持ちは、鬱症状や絶望、孤立などから引き起こせられるとされていますが、突然に鬱や絶望、孤立に陥ることはありません。そうなる原因がかならずあります。それはリストラであったり、イジメであったり、過重労働であったり、多重債務であったりとさまざまです。そういった原因が積み重なって鬱状態になり、死にたいという気持ちに繋がっていくのです。ですから仮に鬱病の治療をしても、原因や環境がそのままなら、一時的に回復してもまた鬱病になってしまうでしょう」と藤沢さんは語る。

そのうえで、「いかにこの問題に仏教者が関わっていくか」といえば、「縁起の法の教えが役立つと思う」と話す。自殺念慮者の、死にたいという気持ちに直接働きかけるだけでは不十分である。例えば、イジメを苦にして死にたいと思っている子どもに「命は大切だよ」と説き聞かせても無駄だ。子どもは命の大切さが分かっていないわけではない。命の大切さは十分にわかっているが、それでも死にたいのである。

なぜ死にたいという気持ち(果)が生じるのか、その原因(因)をつきとめて、それを解決するべきである。だからもし、命の大切さを説き聞かせるのだとしたら、イジメている側の子どもに対して行うべきだ。そして改心を促し、死にたいと思わせる原因になっているイジメを止めさせるべきなのである。

そしてこれから活動を始めようとしている寺院・僧侶へは、まず自殺に対する無関心・偏見を払拭し、当事者の感情に寄り添うことからはじめることを提言する。そして当時者の話を聞き、一緒に考え、共に問題解決のための行動を行っていくこと。また、仏教者だけではなく、さまざまな支援グループ、または個人とも連携をとりながら進めていくことが大事だと言う。

準備が整ってから活動を始めようとしたのでは、なかなか先には進んでいかない。今できることから取り組んでいくことが大切。たとえば相談に来た人と「一緒に考える」ことならすぐにでも始められるのだから、と藤沢さんは提言する。

また、第1部では、自殺当事者の思いを来場者にも理解してもらおうということで、3年前にご主人を自殺で亡くした南部節子さんの体験談も語られた。

「どうして自殺を考えていることに気がつけなかったのか」と悔やむのが、遺された遺族や親しかった人の共通の思いである。南部さんは、ご主人が亡くなってから、鬱病や自殺について色々な本などを読んで勉強し、自殺を考えている人はどこかで自殺のサインを出していることを知る。そして「今思えばあれが自殺のサインだったのでは」と気がついたことがある。「自殺を考える人は、家族ではなくても、友人や同僚などに何らかのサインを必ず出しています。そのサインに早く気がつけば、こちらから相談できるようにしむけることもできるはずです」と南部さんは話していた。

僧侶、仏教者としてできること

第2部では、既に自殺防止のための活動している3人の僧侶から「活動事例報告」がなされ、続いて「仏教界・僧侶が市民からどう思われているか」について、毎日新聞記者の中村美奈子さんによるレポートが報告された。

最初の活動事例報告は袴田俊英さん。袴田さんは、秋田県藤里町でビハーラ活動としてターミナルケアに取り組むうちに、自殺問題の重要性に気がつき平成12年に「心といのちを考える会」を立ち上げ自殺防止のための活動を開始した。袴田さんは次のように語る。
「自殺は一人で悩むことから起こります。田舎は繋がりが深いと言われてきましたが、実際には農作業が機械化されて共同作業がなくなり、皆が街へ働きに出るようなって、生活スタイルがバラバラになってしまいました。田舎も都会も変わりなく人の繋がりは薄くなっているのです。

私たちは皆、快適で便利な生活をしたいと思っています。そして、人と繋がることは嫌なこととされてきました。田舎の濃い人間関係なんて本当にまっぴら御免だと若い人は思うようになりましたし、今も思われています。ところが、そんな濃い人間関係なんて今は田舎にもないのです。

繋がることは嫌なことかもしれませんけれど、それが自殺のセーフティネットにもなっていたのではないかと私は思っています。近所の人と縁側で一緒にお茶を飲んで話しをする。そして悩みなども話し合えるようなら自殺はしないと思うのです。しかし、縁側で一緒にお茶を飲んで話しをすることがなくなってしまった」

そこで話し合える場所を作ろうと開いたのがコーヒーサロンである。町の中心部にある公共施設の中で、毎週火曜の午後1時半から4時まで開いている。コーヒーを飲みながら色々な話しをする場所である。また、町の中心部まで来られない人のために、こちらから出掛けていく「出前コーヒーサロン」も開き、地域の人たちが交流する場を作り出している。
「悩んでいる人も見たくないというのが繋がりが薄くなった社会の実情です。でもそうではなくて、悩んでいる人に寄り添うことを皆ができるようになればいいと思います。安心して悩める社会にしていくべきだと思います」というんが袴田さんの意見だ。

続いての活動事例報告は根本紹徹さん。根本さんは叔父さんを自殺で失い、その後、親友2人も自殺で失っている。「どうして相談してくれなかったのだろう」そうしたやるせない気持ちに苛まれたことがきっかけで、インターネット上に現れている自殺志願者の調査と、そうした人たちとの意思疎通を進めていった。

そして平成16年にSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)にコミュニティを立ち上げ、自殺志願者を集めた。一人だけで悩むことなく、相談できる仲間をネット上に見つけることができるようにという思いからだ。参加者は短期間で400名を超えた。

コミュニティの活動としては、ネット上での会話・相談はもちろん、グループや個人とのオフ会(実際に集う会合)も行っていた。しかし、平成17年3月に自殺問題に過剰反応したSNS管理者によって、そのコミュニティは無告知で突然削除、閉鎖されてしまう。そのため2ヶ月後に、自殺を前面に出さない工夫をして再度コミュニティを立ち上げた。現在のメンバーは90数名とのことである。

ネットでの活動は高齢者が参加しにくいというデメリットなどもあるが、その反面、お寺が忙しくても空いた時間を利用して対応できるなどのメリットもある。ネットを通して相談を受けることでわかったことと、その利点について根本さんは次のようにまとめていた。

  1. 実際にまわりにいる人たちには、親しいからこそ話せないこともある。
  2. 話すことよりも、時間をかけてメールを書いた方が自分の気持ちを表現しやすい人もいる。
  3. 誰にも話せなかったことを文章にして、それにコメントをもらい、またそれに返答することで、集団認知領法的効果が期待できるのではないか。
  4. 本名ではなく社会的背景のないハンドルネーム(あだ名)でやりとりすることで、比較的自由に会話することができる傾向がうかがえる。
  5. 「いつでもネットで繋がっている」という安心感を持ってもらえることもある。
  6. 似た境遇の人たちと知り合い仲間意識を持つことができ、心の痛みを分かり合うことができる。

3番目の活動事例報告は篠原鋭一さん。大学受験に失敗して「自殺したい」と言って、やって来た男性を寺に泊め、生活を共にしながらとことん話しを聞いたことがきっかけで、篠原さんの元に自殺志願者が次から次へとやってくるようになった。今では連絡をしてから寺にやってくる人が月に12~15人、連絡なしにやってくる人が月に5人いる。また電話での相談は平日で1日に3~5件、週末は10件ほど有るという。

24時間いつでも受け入れて、とことん話しを聞くことが篠原さんの方針だ。相談者との間に上下関係は作らず友だちになり、生きる方向へ向かうのをじっと待つ。自殺志願の若者と対話する中で見えてきたことは、今の若者は生きているという実感、幸せだという実感も持てないということ。そして、大人はみんな疲れていて、何も教えてくれず、嘘ばかりついていると思っている。「こんな大人になりたい」と憧れるような大人に出会うことができない。そしてそれは行き先が見えないということにも繋がる。

篠原さんがこの活動を続けている理由はいくつかあるが、その中に「交通事故死亡者よりも多い自殺社会を作ってしまった私たちの『連帯責任』であると考えるからです」というものがある。この言葉は鋭く現代日本社会の病理を突いているように思えて、強く印象に残った。
「お寺は生きているうちにおいでください。死んでからでは遅いのです。お寺をうんと活用してください」と篠原さんは訴えている。

毎日新聞記者の中村美奈子さんは、2007年に「変わりゆく葬儀の現状」の特集記事を執筆するにあたって全国各地を取材した。その取材の中で、仏教界と僧侶に対する市民のイメージ、そしてお寺に期待することも見えてきた。一般的に世間の本音は仏教界・僧侶に対して冷たい。多くの人が「お寺は死後のことしかやらず、高額のお布施を取って贅沢三昧の暮らしをしている」と思っている。しかし、お寺に期待している人も数は少ないが存在する。「人間として、どのように生きれば良いのか説いて欲しい」と希望する人も少なからずいたと言う。
中村さんは「身近な宗教施設であるお寺が、檀家でなくても人を受け入れて、お坊さんと心を通わせることができたら誰でも行ってみたくなるでしょう。そんなお寺づくりを期待したい。それがエンゲージド・ブッディズムに繋がると思います」と話していた。

個人の問題ではなく、社会の問題

第3部のパネルディスカッションでは、まずパネラーに対しての質疑応答がなされ、その後、今回のシンポジウムのコーディネーターである神仁さんが、まとめを行った。神さんは、現代の日本社会でこれほどまでに自殺者が多い理由について「今の日本には本音で話せる所がないのではないでしょうか。生きることとか、死ぬこととか、また命について語ることがない。生産効率だけを追い求めるための仕組みとして、深く物事を考えさせないように社会ができているのではないでしょうか」と述べた。

そして、「現代社会は繋がりが希薄になっているような気がします。他者との繋がり。自然・宇宙との繋がり。それと自分自身との繋がり。この3つの繋がりを意識して生きていかないと、消費文明の中で心を忘れた、命の存在を忘れた動物になってしまいます。

Engaged Buddhismという観点から述べると、自殺という問題を個々の心の問題してしまうと先が見えてきません。心の問題ではなく社会の問題として捉えてゆく必要があります。そこには法的な問題も、行政の問題もあります。「心が弱いから自殺するんだ」と言っていたのでは解決できません。心も大切ですが、社会全体の問題として捉えていかないと前へ進まないと思います」と締めくくった。

 

パネラー

発題者

藤澤克己 浄土真宗安楽寺副住職
1961年神奈川県出身。ITエンジニアとして20年間勤務の後、NPO法人自殺対策支援センターライフリンクの活動に従事し、国際ビフレンダーズ東京自殺防止センターの電話相談員も務める。

体験発表者

南部節子 自死家族
大阪府出身、茨城県在住。3年前にご主人を自殺で亡くしたご遺族。自分のような思いをする人を一人でも減らしたいとの思いから、当事者として体験を伝える活動を行っている。

パネリスト

袴田俊英 曹洞宗月宗寺住職
秋田県で高齢者の自殺が多いことに対して、地元藤里町で高齢者寄り合いの場所として「サロンよってたもれ」「心といのちを考える会」開いている。

根本紹徹 臨済宗妙心寺派大禅寺住職。
1972年東京都出身。親友と親族の自死を体験する。数年間の社会人生活の後に出家。禅寺で3年間の小僧生活を経て、専門道場で4年間修行。ネットを通じて自殺問題に取り組んでいる。

篠原鋭一 曹洞宗長寿院住職
1944年兵庫県出身。良く生きるための「生き方」を説く寺院を目指して活動をしている。特に「自殺志願者駆け込み寺」として自殺未遂者等への相談活動を進めている。

中村美奈子 毎日新聞記者
1966年山口県出身。2005年から生活家庭部の記者として京都支局で宗教を担当する。2006年には、寺院による社会的活動を特集、2007年には、変わりゆく葬儀の現状の特集記事を担当する。

コーディネーター

神 仁 全国青少年教化協議会主幹
1961年東京都出身。2000年、若い世代の人たちのこころの居場所として成田市郊外に伊能不動庵を開草。教育やNPO活動をテーマとして、お寺を利用した新しい地域コミュニティーの創造に取り組んでいる。

【主催】
主催:(財)国際仏教交流センター
共催:(財)全国青少年教化協議会
後援:(財)全日本仏教会
協力:(特活)アーユス仏教国際協力ネットワーク

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