寺子屋ふぁみりあ
2018.01.11
聴くことから始まるコミュニケーションPart2
12月5日、平成29年度第八回目の寺子屋ふぁみりあが開催され、全青協理事・神仁による、「聴くことから始まるコミュニケーションPart2」と題した講演、ワークショップを行いました。
以下はその抄録です。
1.インドの活動
インドの仏教徒には、三つの流れがあります。カルカッタ地方の伝統的な仏教徒、チベット系の仏教徒。その二つに加え、今は新仏教徒が一番多いです。
この方々は第二次大戦以前、ヒンドゥー教徒でした。カースト制(階級制度)における、アウトカースト(カースト外)と言われて差別され続け、1950年代に集団で仏教徒に改宗しました。大体3,4千万人の新仏教徒(一般にはダリットと呼ばれています)がいらっしゃり、私たちが運営する学校の約半分の生徒が、ダリットです。
私は三十年、インドの支援を続けています。インドのサールナートにあるお寺を、インドとバングラデシュの僧侶、日本人の私で運営しており、スタッフが教員と合わせて30名、生徒が小学校から高校まで合わせて約1300名います。貧しいご家庭からは、授業料は取りません。学用品や制服も支給しています。
インドの子どもたちは本当に過酷です。一日一食食べるか食べられないかという状況ですが、笑顔がとても美しい。ところが小学校高学年になると、少しずつ目が曇ってきます。周りの人と自分を比べてしまうのです。
貧富の差は明らかにあるので、我々がいくら頑張っても、百パーセント解決することはできません。そういう状況を変える努力は常にしていかなければならないと思いますが、彼ら彼女らが持っている、比べない心は、ずっと大切にしてもらいたいです。
2.コミュニケーション
コミュニケーションの本義とは、情報交換です。特に思い、感情を共有していくことです。双方向でなければ、コミュニケーションは成り立ちません。
思春期は、家族から社会というコミュニティに、自分のアイデンティティを移していかなければならない期間です。その中では、親とコミュニケーションを閉ざす場合も往々にしてあります。自分自身で悩んで答えを導き出すことにより、少しずつ子どもたちは思春期を抜け出し、精神的な成人、あるいは物理的な大人(自立)へ歩を進めます。
いじめや性、さまざまな思春期特有の悩みを子どもたちは抱えていて、それに対して親や大人がすべきことは、無理に心の中に入っていくのではなく、周りから柔らかく支えてあげる。本当にSOSを出したい時には出せる状態を作ることが、一番重要だと思います。思いや感情を双方向で共感しつつ、寄り添っていくことが私たちには必要だと考えています。
コミュニケーションの中には、バーバル(言語的)なコミュニケーションと、ノンバーバル(非言語的)なコミュニケーションがあります。その中で情報を共有する場合、言語、聴覚、視覚から得られる情報の割合は、それぞれ7%、38%、55%になると言われています。
言葉は一つの記号です。知的な情報、感情的な情報と両方あります。知的な情報だけ理解しようとすると、お互いのコミュニケーションに齟齬が生じます。より感情的な情報、相手の意味の世界や気持ちに、自分のアンテナをしっかりと立てていただきたい。
日本人のコミュニケーションのあり方は、アメリカ人と比べた場合、非常に大きな違いがあります。
思考様式。アメリカ人は、最初から人はもともと違う発想になります。日本人は、人は同じに違いないと、どこかでみんな思ってしまう。
行動様式。アメリカ人は、違いを意識した自己表現、行動を行います。日本人は、「普通」です。歴史的文化的背景の中で、同一行動をとるようにプログラミングされています。
思考行動の特徴。アメリカ人は、相手の意見や考えの違いを理解し、受容した上で議論を行う。日本人は、相手の意見や考えの違いを間違っているとして攻撃するか、自説を曲げて迎合する。ですから少数派は、いじめの対象にならざるを得ないです。LINEいじめにもつながっています。
意見の対立。アメリカ人は、徹底的に議論して、解決しないときは良くも悪くも裁判に委ねます。日本人は、多数派が少数派を仲間外れにしたり、精神的な暴力を加えたり、無視します。LINEの既読スルーとか、LINEはずしが起こるわけです。
コミュニケーションの持続性。アメリカ人は、良くも悪くもずっと持続していく。日本人は、多数派に入るか少数派に入るかでコミュニケーションが決まるので、継続的になされることはない。
欧米型と日本人型、両方のいい所をうまく組み合わせて、コミュニケーションを考えていけば良いと思います。
3.アサーションのワーク
Question:あなたは次のような状況に遭遇した時、どのような行動をとりますか?
あなたは、寺子屋ふぁみりあに参加するため日比谷線の北千住駅から築地の本願寺に向かうところです。幸に席が空いていたので、その席に座ると、すこしウトウトとしてきました。ところが上野駅から乗ってきた中年の男性が、自分の前に立って新聞を読み始め、新聞をめくるたびに新聞の粉が頭に降ってきます。初めはやり過ごそうと思っていたのですが、その中年男性が新聞をあまりにも無造作に繰り返しばさばさとやるので、黙ってうつむいているのも我慢の限界に近づいてきました。
アサーションとは、自分も相手も大切にしようとする自己表現のことです。自分の考えや欲求、気持ちを、相手に率直に、正直にその場に合った適切な方法で伝えると共に、相手にも、思いや考えを適切に表現してもらえるような態度を、アサーティブと言います。
即ち、自分と相手の双方が、素直に率直に、正直に自分の気持ちを伝え合い、そして聴き合うことによって、自他を尊重する満足のいくコミュニケーションが成立するわけです。
例会終了後は別室にて、懇親会を開催しました。