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生と死を見つめる集い
2017.02.02
お釈迦さまの最後の旅Ⅱ
1月24日、今年度8回目の「生と死を見つめる集い」が開催されました。「お釈迦さまの最後の旅Ⅱ」と題し、前回に引き続いて中村元訳『ブッダ最後の旅』を全青協主幹・神仁が解説しました。今回扱ったのは、「九、旅に病む-ベールヴァ村にて」「十、命を捨てる決意」「十三、死別の運命」「十六、鍛冶工チュンダ」の四節です。
本報告では「九、旅に病む-ベールヴァ村にて」を中心に振り返りたいと思います。この節は、お釈迦さまと弟子たちが雨期の定住に入る場面です。インドの僧侶たちは通常、一定の場所にとどまらず、遊行(説法のために、さまざまな地域をめぐり歩くこと)しながら人びとに教えを説いて回ります。ただし、雨期の期間だけは遊行せず、一定の場所にとどまって瞑想などの修行に専念するのです。
さて、本節はまさにその場面ですが、お釈迦さまは雨期の定住に入られたとき、恐ろしい病いに侵され、激痛に襲われてしまいました。しかし、お釈迦さまは「心に念じて、よく気をつけて、悩まされることなく、苦痛を堪え忍んだ(p.63)」のです。この部分から、お釈迦さまの苦痛に対する向き合い方を読み取ることができます。私たちは、身体の調子が悪いと、痛みや苦しみに悩まされ、右往左往してしまいます。しかし、お釈迦さまは、苦痛に振り回されることなく、苦痛を苦痛のままに観察し、ありのままに苦痛を受け入れています。このように、自分の身体や心の状態をよく観察し、その状態に気づくことに努める方法は「マインドフルネス瞑想」などと呼ばれ、現代の医療現場においても注目されているようです。
そしてこの後、お釈迦さまは弟子たちに次のように説きます。
完き人の教えには、何ものかを弟子に隠すような教師の握り拳は、存在しない。『わたくしは修行僧のなかまを導くであろう』とか、あるいは『修行僧のなかまはわたくしを頼っている』とこのように思う者こそ、修行僧の集いに関して何ごとかを語るであろう。しかし向上につとめた人は『わたくしは修行僧のなかまを導くであろう』とか、あるいは『修行僧のなかまはわたくしを頼っている』とか思うことがない(p.64)
私たちは、「僧侶として」「教師として」「親として」「上司として」など、それぞれの立場にかこつけて「何かを人に教えてあげなきゃ」「救ってあげなきゃ」「導いてあげなきゃ」と思ってしまいます。しかし、お釈迦さまは、人間が簡単にそんなことをできるはずもなく、自分自身のことは自分自身を頼りにするしかないと説いておられます。このことは、お釈迦さまの最も有名な教えの一つである、次の一文にも表されています。
この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりをせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ(p.65)
この一文は、日本では「自灯明 法灯明」というフレーズで親しまれておりますが、頼りになるのは"自分自身(自)"と"真理(法)"だけだということが示されています。
こういったお釈迦さまの姿勢に対し、神主幹は「お釈迦さまは、人としての先達だと思っている。ただ崇めればいいというのではなく、お手本として生きていきたい」と語っています。私たちも、お釈迦さまを崇めることはもちろん、自らの手本として、お釈迦さまのように輝いて生きていきたいものです。
最後に「十、命を捨てる決意」より、もう一文ご紹介します。
アーナンダよ。ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地は楽しい。七つのマンゴーの霊樹の地は楽しい。バフプッタの霊樹は楽しい。サーランダダ霊樹の地は楽しい。チャーパーラ霊樹の地は楽しい(p.68)
これは神主幹のお気に入りの一文で、自分の死期が間近に迫っているにも関わらず、お釈迦さまが今の自分が置かれている状況を受け入れ、今のいのちを楽しんでいる様子がうかがえます。神主幹は、ここに説かれる"楽しい"とは、「快楽」の「楽」ではなく、「感謝している、ありがたい、愛すべき」という意味での"楽しい"であると解釈しています。そして、神主幹自身も「私も最後はありがたいいのちだったなぁと感謝して息を引きとりたい」と話していました。
お釈迦様の最後の旅路を辿ることで、私たち自身も自らの生と死を見つめ直すことができるように感じます。お釈迦さまをお手本に、一日一日を輝いて生きていきたいと再確認することができました。
今年度の「生と死を見つめる集い」は次回が最終となります。ふるってのご参加をお待ちしております。